馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト

 記憶の糸- 2014/08/07 -

Category : BLOG

山形へ行っていろいろ思い出したついでに・・

幼い頃とは

物語の世界に半分はいる。

残りの半分は家の庭だった。

父がこだわって作った庭は

井戸の水が小川になって池に注ぎ

池には大きな錦鯉が泳ぎ

大きな岩があちこちに点在し

太くて大きなモチモチの木にはブランコがあり

ザクロや柿、柚子や姫リンゴがなり
ナツメの実は池に落ちて鯉が食べた。

鹿児島出身の父が鹿児島から仕事で戻った時に連れ帰った薩摩鶏は裏の竹林を住処にしていた。

鯉にエサをやることと
薩摩鶏にエサをやることと
岩に移植した苔に水をやることが

私の毎日の仕事だった。

鯉は元々数匹の錦鯉がいたのだが

ある朝池にエサをやるために行くと

1メートルはある大きな錦鯉が2匹泳いでいるではないか。

私は面食らって
家に走り戻った。

この時は幸いにも鯉のエサが沢山入った缶を落としてぶちまけずにすんだ。

何故だか割としよっちゅう
私はこの缶を
池の中か
家の床かにぶちまけた。

床に転がったエサを拾い集めるので
よく学校には遅刻したし

(余談だが、ほぼ毎日遅刻の原因はこれだけではないのだけれど・・
なぜ歩いて10分の道のりに一時間かかるのか、教頭先生に訳を説明しなくては行けないくらい遅刻していた。)

池の中にぶちまけた時はふやけて捨てるしかないエサを網でかき集めるのはもっとかなしい。

倍くらい怒られるからだ。

この大きな2匹の錦鯉は
どこかの出版社の社長が遺言で父に託したもので
本人に断りもなくだった。

何でもものすごい溺愛ぶりで
父以外にはどうしても託したくないというたっての希望で
もう亡くなっているのだし
引き受けるしかなかったらしい。

そんな事情は一切知らず

私はこの大きな2匹の錦鯉に

太郎と次郎という名前をつけた。

パンパンと手をたたくと
鯉は池の淵にやってくる。

いや
たたく前にたいてい気づいて口をパクパクしてエサをくれるのを待っている。

エサをやった後は
手を入れるとみんな夢中で手に吸い付いてくるのがかわいい。

特に太郎と次郎の口はでかくて私の手がすっぽり入ってしまう。

鯉の口は力が強くて十円玉を曲げてしまう程だと聞くが
いつもそっと
でも遠慮なく手にむしゃぶりついてくる。

あったかくなると
私はガマンできずに池で泳ぐ。

太郎と次郎は猫のように
私の足の間を8の字を描くようにくぐり抜ける。

魚にあんなふうに抱きついたりまたがったり
果たして太郎と次郎は大丈夫だったのだろうか?と今更思うのだが

溺愛していた社長さんは
現状を知ったら腰を抜かしたかもしれない。

西郷さんなら任しても大丈夫と思ったのに
実際には父は仕事で全国を飛び回っていたから
太郎と次郎は猫同様、私の友達だった。

高校になって山形へ私が行っている間に太郎と次郎は死んだ。

一体何歳だったのだろう?

本当はもっと生きたのだろうか?

image

 - 2014/08/06 -

Category : BLOG

山形へ

 

 

 

 

 

高校時代を過ごした場所

 

飯豊山の懐

 

温泉に浸かって飯豊連峰を眺める

 

 

 

自由なものは

 

自由な精神から生まれる

 

自由な精神を育むものは芸術

 

芸術の源は自然

 

自然とは私

 

私の本質は自由な精神

 

 

 

夏に来るのは久しぶり
圧倒的な緑

 

こんこんと湧き出るような緑
見てると自分が溶けていきそうだ

 

自然が好きとか嫌いとかいうけれど
私の感覚では
外にある対象をこえた
自分を含む
もっと大きななにか

 

今だって私はここに溶け込むように存在している
その感覚がなければどう生きたらいいか分からなくなる

 

不自由なものを自由だと思い込む

 

自然と同調することを忘れた感覚を調律するように
繋ぐものが芸術の役割

 

メロディー
ハーモニー
リズム

 

演奏している時にうまれるその瞬間の間や
自由なテンポや
音のうねり
あれはぜんぶ

 

風であり
波であり
あらゆる森羅万象

 

それはぜんぶ
吐息であり
涙であり
笑い声
あらゆる感情

 

ここで山や川で遊んで得た感覚がテンポや間や空気にとってかわる

 

今までの悲しみや喜びすべての感情は

音にかえることができる

 

どう生きるかなんて考えてみても
マンダラのように
すべては渾然一体

 

それを眺める視点を持てたら

 

それは人として可能なのだろうか?

 

突然インスピレーションによって

 

一瞬だけ与えられるギフトなのだろうか?

 

あまりにも緑がすごいので

 

いろんな事を思い出した

 

そういえば自然の中で暮らすことは小学生の頃からの夢だったなー

 

 

 

 

 

 

 

 

image

 

 

 

 どこに所属する?- 2014/08/02 -

Category : BLOG

今朝はみなとみらいへ

 

去年、一昨年と馬頭琴で参加したハマのJack主催の絵本コンサート。

 

今年は客席からゆっくり鑑賞。

 

馬頭琴では「スーホの白い馬」でしたが、今回は「おおきななぶ」「にじいろのさかな」でした。

 

いろいろな趣向を凝らしていてとても楽しめました。

 

作曲の木村裕くんの紹介でクラシック界で活躍されている方々と、何度か共演する機会を与えられて

 

今回客席で聞いてよりはっきりと

 

とろけるようなアンサンブル。

 

そして音の響き方や、色が同じ輪を描いている。

 

馬頭琴はおそらく全然違う色で、輪というよりもその輪を突き抜けるようにして、音が出ていたかと思うと、

 

これはやはりメインで暴れるより他にない楽器です。

 

を、再確認。

というよりも、あきらめ。

クラシックの曲も、だったら違って弾けてしまって仕方ないのです。

 

 

モンゴル民謡にもまた、けっして精通していないわたくし。

 

主に内モンゴルの神的存在であるチ・ボラグの作曲したものと、彼編曲の民謡、演奏スタイルもまた、それ譲りです。

 

ボラグさんの曲はモンゴルの何もかもを、文化として体現しているものなので

内モンゴルの他の曲が、その真似に聞こえてしまうのは仕方ありません。

 

私が自分で曲を作るようになって

 

ボラグさんは言いました。

 

「美炎の作る曲は、私と共通しているものがある。

それは日記と同じです。」

 

言われた時はよくわからなかった。

 

なんとなく今

 

おぼろげにわかる気がします。

 

とにかく、この馬頭琴という楽器でもって

クラシックでも民謡でもJAZZでもなんでもない

 

音楽をしていくしか、ないんだなーと。

 

明日もまた、みなとみらいでハマのJackさんコンサート

ドボルザークのアメリカ

レナード・バースタインのウエストサイドストーリー

 

聞いてこようかな。

 

ドボルザーク大好きです。

チラシにクラシック界随一のメロディーメーカーとかいてあって、本当に。

と思って嬉しくなります。

 

メロディーって何だろう?たまに考えます。

でも私にとっては、メロディーと音色という要素はいつまでも大切にしたい。

 

いつでも、どんな時でも。

 

でも、所属するところがどこにもないわたくしです。

 

いいか。

いいね。

 

ところで、帰ったら花火大会でした。

 

image

 

たまたま見たところが、アパホテルにかぶってる芝生広場で、

後ろにいるお兄さんが

 

「出た!アパ越え!」

 

「おしい!低いぞ!アパ越えならず。」

 

と、スキージャンプの実況みたいなコメントを叫んでくれていたので倍楽しめました。

 

 

そしてこんな素敵な夏の水菓子にも出会えて、良い1日でした。

image

 

 

 

 

 高原- 2014/07/30 -

Category : BLOG

ただいま1130メートルに滞在中です。

image

ピアニスト竹井さんと、写真を撮って遊ぶ。

image

 

上向き過ぎました。

 image

 というより、このブログの更新に四苦八苦です。

よくある猫の置物ごっこ。

 

image

前回、浅間山の鬼押出しへ行った時に見た風景が、出来たばかりの作品 Five elements

に雰囲気がピッタリだったので、この作品をよりスマートに編集したいと思い、

今回は楽譜と音源も持って、竹井さんとこの景色を眺めながら、作業しよう!

という決意をここで表明。しとかないと

・・・。

というか、鬼押出しで演奏できたらいいな〜。

 image6-608x456

 

Copyright © 2017 馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト. | Creative by Works-Yui