馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
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 コーヒー一杯のお話- 2014/10/03 -

Category : BLOG

今朝はハワイの100パーセントコナコーヒーが飲めるお店で一服。

コーヒーはもともとブラックで飲んでいましたが、本当の美味しさに目覚めたのは、友人がハワイのコナへ行った帰りにうちに寄ってくれたのがきっかけ。

彼は親戚でもありますが、なかなかに面白い。学校は小学生の時から自分の意思で行かず、絵を描くのが好きで、なかなか面白い感性の絵を描くのですが、私がホワイトバッファローの作品を作った時にチラシ用に素敵な絵を描いてくれました。

彼が14歳くらいの時に一緒にモンゴルに連れて行って、なんか一皮むけたよう。それから海外に一人旅に出る事が増えてアラスカへ行った時に出来たご縁でハワイ島のコナのコーヒーの自然農園で収穫を手伝って、その帰りに自分で収穫して焙煎したコナコーヒーをお土産にくれたのです。

自然農園だから、コーヒーの木の間にアボカドやら果物の木があったりして、それが熟れるのを小動物ととりっこしながらの生活だったよう。売り物にならない不揃いの豆を焙煎して持って来てくれました。

それをありがたく挽いて、美味しい入れ方のコツとかあんまり知らなかったのですが、きっとこんな感じというところでもって、一番美味しくはいるように念じながら。笑

いれて飲んでみたら、なんですかこのなんの抵抗も違和感もなくすーーーっと身体に入っていく心地よさは!

パワードリンクだ。これはなんていうか、もうありがたいお飲物。これを独り占めしちゃいかんと、コーヒーといれる道具一式持って、三軒くらいまわっていれて一緒に飲んだかな〜。

彼と彼のおばあちゃん。私の大叔母の所に遠出して、彼からハワイ島での暮らしぶりや、イルカたちと葉っぱをボールに見立てて一緒に遊んだ話や、面白い方法で絵を描く人に出会い、描いてきた絵をみたり、そしてみんなで見守りながら、貴重な豆を挽いていれて飲んだその時間が、いま思い出しても、狭い部屋がハワイの空気で満たされていたなーと思うのです。それから数年して大叔母は亡くなったから、あの時間が持てて本当に良かったなと思うのです。

コーヒー一杯のお話でした。

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 日本の山の峰にあう音- 2014/09/30 -

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山の峰にこだまする音

昨日は津軽三味線の蝦名宇摩ちゃんとリハーサル。

彼女は私と同い年で不思議なくらいいろいろな境遇が似ている。話せば話すほど。

まあそもそも私は2歳で連れられていったバイオリンの発表会で興奮して舞台にあがろうとしたらしく、母が3歳からバイオリンをさせた。私はというと覚えていないのどが、自分が覚えているのは、家にあった津軽三味線の高橋竹山のレコードを何回も聞いて浸っていたこと。笑

宇摩ちゃんは太鼓をずっとやりたくて、鼓動に行ったら年齢制限で入れず津軽三味線に出会って弟子入り、師匠は津軽の人だが、その師匠が関東に出てきてからは、津軽三味線だけ出来てもだめだ。と全国の民謡と尺八と太鼓と沖縄三線、奄美三線全部仕込まれたので、いろいろできるのが強み。

彼女がいる岡山で一緒にライブをする事になり、岡山民謡、福島の相馬の民謡、沖縄民謡、奄美民謡、そして津軽のもの。

それに馬頭琴が絡むことになった。

即興で入ってしまえば簡単な事なのだが、これらの地方の民謡にかかわれる事がすごく嬉しいので、まずは覚えようと、福島の新相馬節を今朝からずっと聞いている。

日本の民謡はやっぱり日本の山の峰を彷彿とさせるな〜
そして相馬だけにとても切なく聞こえるのがまたせつない。

奄美も沖縄も最近訪ねる機会が増えたし、岡山の民謡もしみじみとした味わいがあるし、津軽はなぜだかすごく私の中に懐かしい感覚があるので(まあ、父の仕事で幼い頃に良く行っていたのもあるし、津軽訛りバリバリのおじちゃん達がよく家に来て飲んでった記憶もある。)日本人として生まれ育ってきたどこかにある記憶と想いと感覚やそういったものがどう織り交ぜられるのかな。馬頭琴で。

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 川に潜って見つかるもの- 2014/09/28 -

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世の中にはいろんな楽器があるものだな〜

最近の感慨。相手とその楽器とはどんな関係にあるのだろう?ほぼ、その人とその楽器と同一人物であるとして見てしまう。そういう存在がいる人の事はやっぱり同じ種族として見てしまうような。笑

昨日の筑前琵琶の室井三紀さんに引き続き今日はハープの中村愛さんとでした。普段弾かないものをたくさん弾くことができて勉強になったし、次にまたハープとできる機会があったら、もっとこんな曲は合うんじゃないかとかいろいろ思いました。

ふとさっき、高校時代の上級生から、連絡があり、卒業して以来だったのでびっくり!え、ほんとにYさんですか?と思わず聞いてしまいました。
不思議な事になぜか最近思い出した。なぜ思い出したのか、思い出せない・・

山形の学校に入った頃、何を隠そう、このYさんは憧れの人でした。それはなんていうか、少女が今日のハーピストのお姉さん中村さんに憧れの眼差しを向けるような・・ちょっと違うかな。入学式おわり、その学校には全国からたった一学年26人集まり、寮生活をするわけですが、大抵学年に一人村の子がいました。

私は隣にいた村から入学してきた女の子とすぐに意気投合して、その村の子のお兄さんみたいなYさんと一緒にいろいろ遊んでもらったのです。
高校生とはいえ、山奥ですからね。遊んでというのは、すぐ下の川に潜って魚を突いたり、山に入って山ぶどうとったり。そういう事です。笑

Yさんは川のどこに魚がいるかよく知ってるし、獲るのうまいし、同じここ育ちの男の子達を子分のように従えて(私にはそう見えた。笑)川行ったり山行ったり、できるだけ私も遅れをとるまいとくらいついていったような。

一つとても覚えているのは村育ちの子達とYさんと山に行った時、ふと立ち止まってYさんが、あ、雪の匂いがする。もうすぐ雪降るよ。と言ったのです。

私にはその時Yさんが熊に見えました。いや実際熊のような感じの人なんですけどね。

なんか悪さもいっぱいしてたから停学もよくくらっていたような記憶もあるようなないような。

人間ってこんなにわかりやすくて、素直で暖かくて面白いんだなーとこういう人に出会うとそう思うし、山が育んでくれるのかなーとか思うのです。

ふと、今でも川に潜って魚とったりしてますか?と聞いたら、今でも潜ってるよ。もう寒くてダメだ。としにはかてない。と。

今でも潜ってると聞いて嬉しくなる私でした。

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 まだまだですな〜- 2014/09/27 -

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すっごく喉カラカラだね!と言ってコンサート終了後琵琶の三紀さんと喫茶店に駆け込む。

何気なくさっきのコンサートの様子を二人して語り合ううちに、要するに今回琵琶も、語りも馬頭琴もマイクを使った。200〜300くらいのホール。

前半は同じホールで会議があったので、演奏直前に音の確認。琵琶と語りと馬頭琴。音のバランスをとるのが難しい。グランドピアノも時には入る。途中出し入れの確認に気を取られて、本番。

なんか?生音?あれ、このホール響かないなー。マイク出てるのかな?確認してもらってるから、出てるはず。頭にモニターが無いじゃんという事がよぎるが、モニター無くてももっと直接の音の響きが多少あってもいいのになーと、いろいろ思ってる猶予もなく、少しでも響きを作ろうと一生懸命。渾身。もう何も出ない。というくらい。笑。そして自分の30分のソロ部分を弾き終えて、汗だく。届ける一心すぎてどう届いているか余裕なし。

袖に戻ると三紀さんが感動してうるっとしている。あれ?どうしたの?

そして三紀さん。今日はまた、なんかすごいなー、と袖で聞き惚れる。常連のお客様から、なんか今日のは新鮮でした。と言われ、三紀さんは、?

三紀さんにしても、語りも琵琶も客席に吸い込まれてしまって出しても出しても吸われてしまう。やばい。と思って、普段の倍の神経で語りを語る。

つまり二人とも、やばいぞの元にものすごく頑張った結果、いい演奏になったのだが、あーダメだったー。と思ってたらCDはたくさん売れるし、お客様の反応はとてもいい。⁇と思いながらも、もう頭が働かない。

で、喉カラカラになって一息入れたところで、あのさー、さっき舞台にモニター無かったよね?

‼︎‼︎それじゃん・・・
あー機械オンチで人任せはこうなるんだな。と二人で苦笑い。

でも結果いい演奏ができたということは、普段から、そのくらいやってしかるべきなんじゃ?ということにも気づいたありがたい舞台だったのでした。

何事も経験と学びなり。

写真はリハ風景。この時は曲の確認とか他に気をとられてたわけですね。苦笑

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 空想の中で会いましょう- 2014/09/26 -

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やっぱりこの時代になってもお手紙はいいものですね。

先日のライブで棚田コンサートのお知らせをしたところ、ライブにいつも来てくださる方から、漢詩の便りをいただきました。

さすがにこの歳では棚田コンサートには行けないので、空想の中で山の棚田を訪ねたつもりで作詩したものです。とありました。

大意は、どうぞおいでください、の便りに、はるばるここまで尋ねてきた。野花咲く小道をとぼとぼと川に沿って歩いてきた。秋の収穫を終わった田についた時、弦楽器の音が流れてきた。あざやかで美しいその音は、手紙を下さった若い女性の馬頭琴奏者がかなでる馬頭琴の音色だった。

そういえば、一昨年コンサートの後で馬頭琴の調べを詩にしたものを送って下さった方がいた。調べが誰かの心に届き、何かに表現してみたくなる。そんな風に作用しているのかなと思うとまた嬉しいです。

文通といえば、私が高校の時からずっ馬頭琴奏者になるまでくらいの間ずっと文通していた方がいました。

民族文化映像研究所の所長の奥様で、所長宛に研究所の作品「奥三面・山に生かされる日々」を見た経緯とどんなに素晴らしい作品かということを(笑)熱烈に手紙に書いて山形から送ったのでした。そうしたら奥様から返事があり、大変楽しい内容のお手紙ありがとうございます。姫田は(所長)撮影で忙しくしていておそらくすぐに返事は書けないので私が書きたくなり、書いています。とありました。
大変楽しい内容。というのも、あの時山の中の学校で、研究所のこの作品を何としても見たい!と思い、探してみると、なんと峠を越えた町の役場にある事がわかり、ボロい自転車でギコギコ峠を越えて、町へ行くと、投影機が必要な巨大なタイヤみたいなフィルム。自転車の後ろに役場の日に焼けたおじさんが、縄でぐるぐる縛ってくれて、はるばるまた峠を越えて戻り、なんと投影機が学校にあってみんなで見た話し。

そこからはじまって15年は続いていたかと思います。奥様に実際に会う事は二、三度でしたが、姫田さんには研究所に毎週通っていたのでずいぶんお世話になりました。

ここ数年は手紙もずっとご無沙汰してしまい、しばらくぶりに尋ねたのが姫田さんが亡くなられる一年ほど前。

映画を観る会小さな会で、作品についての感想を言いましたら、あらー美炎子さん?あなたの事はこちらの勝手なんだけども、本当に娘みたいに思っているのよ。どうしてるかなー?なんて家内と良く話しているの。そうですか、お元気でしたか。とおっしゃるので、思わず涙が出そうになりました。

また久しぶりに民映研の作品をみたいな〜

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