戦国時代になぜか興味を惹かれるここ最近。
日本史は苦手でありましたが、地方へ、特に西日本へ行くようになって、何かと由来の地へ行く度に、点と点が繋がってなるほどそういう話があったのか、とそうなってくると、面白くなってくるものですね。
戦国時代に活躍していた忍者なんかも、司馬遼太郎さんの本など読むと本当に特殊な人生だというのがわかります。
というか、私には司馬遼太郎さんが忍者に見えます。笑
そういう意味では本多勝一さんも。。
一度お会いしたことがありましたが、変装されていました。
さて、3月13日
3.10.3
さとみ
里見の日に館山での会。
そこにギャラリーSFKオーナーの山鹿公珠さんの墨絵。
先日のブログでご紹介した山鹿先生のところで春の調べとして、馬頭琴を奏でます。
去年の棚田の衣装をお願いしたデザイナーのMIKANSEI さん。
山鹿せんせいよりタイシルクに描いた墨絵の布を預かり、この里見の日に間に合うように、衣装を仕立てています。
仮布で仮縫いをあててみました。
この会では、MIKANSEI さん、前日というか、当日仙台で夜中よりはじまるファッションショーを終えて朝一で仙台より館山まで駆けつけてくださるそうです。
衣装はその前にお預かりするので、寝過ごして内房から外房まで千葉を一周するようなことがおこっても、大丈夫です。
そういえば、八戸と遠野が舞台になっている「かたづの!」という小説を読みました。
やはり戦国の世の、でも戦わない。その道を選び続けた女亭主の物語。
地名が印象深く頭に幾度か残ることがありますが、そういう時は、そこに関する逸話を目にすることにもなるし、そのうちそこへ呼ばれて演奏することになる。
なんとなくそういうことっておこります。
いろいろ学ばされているんだろうなと思います。
ここにはこんな歴史があったんだな。ということを、知ることになる。
雪が積もっています。
目覚めた時にいつもと違う気配。
シーンとした空気。
窓から外を見ると一変している景色。
二日前からなきはじめたウグイスがやっぱり雪の朝もないています。
山形にいた時の雪景色が懐かしいです。
この世のものとは思えないくらいのキラキラした朝。
生クリームがたっぷりのったみたいな山並み。
もう、雪はいいやと思う頃にやっとくる春が、春ってこんなに勢いがある力強いものだとはじめてしったのは雪国の春でした。
里守人と馬頭琴
棚田で馬頭琴コンサートをしてしまう。
そんな企画主催のヒロクラフトさんの長女、萌さんが、大学の卒業制作で最優秀賞をとりました。
馬頭琴演奏会のトータルコーディネート。
その卒業制作の展示が六本木であります。
一番上の里守人と馬頭琴というリンクをタップすると、内容がみれます。
写真を一部紹介しますと、
そう、去年で5回目になる棚田の馬頭琴コンサート。
毎年、私も衣装や曲目や出演者を替えて挑んでいますが、去年は萌さんの全面的なトータルコーディネートにより、とても素敵な仕上がりになりました。
棚田という舞台から見えてくるもの。
6回目の今年、また私の頭の中にはどんな曲、どんな衣装、どんな共演者にしようか、もう巡り始めています^ ^
朝が元気。
お昼に近くなるとお腹空くし、午後は集中力もかけてくる。
そんなわけで、小学校二年生は朝一がベストです。
今日も小学校二年生90人。
ということで、朝に呼んでいただくことの多い小学校の現場。
朝一で来るゲストを探すのがどうやら年々難しくなっているようです。。
先生方は二年生の子供達がちゃんと聞くか、騒がないか、非常に気を使われるのですが、
そもそも、気を使うべきなのはこちらの方であって、子供達にいかにきいてもらうか、試行錯誤の汗まみれ。
こんなに鍛えられる現場もそうそうありません。笑
先日の小学校で、聞いていた時間と始まる時間が30分違っていたことがあり、優雅に校長室でお茶を飲んでいたら、子供達はもうすっかり揃って待っていますので、いつでもどうぞ。
と言われて、楽器をケースに入れたまま、すぐに移動。
小学校二年生が、待ちくたびれてしまえば、自ずと困るのは私ですから。
なんの打ち合わせもできぬまま、とにかく入る。
楽器の準備ができてないのだ。
こうなったら、どんな風に準備をするから見てもらおうということで、それがとても面白いものになったので、今日は、わざわざ、そうしてみた。
入っていって、みんなの前でそーっとケースを開ける。
わざと先に弓を出す。
子供達はいちいち、わーーー。長い棒だ。。
それから、ゆっくりと馬の顔だけ見せる。
わーーー、馬だ!
こんな時、ふと脳裏をよぎるのは私のおじいちゃん。
おばあちゃんと二人、戦後に幼稚園を始めたこともあり、いたずらっ子のような目をして、さあ、次は何が出てくるかな?と言って手から何かを出す、マジックをよくしてくれた。
小学校や幼稚園に呼ばれて演奏するようになって、最近、子供を喜ばしたいという気持ちが湧いてくるのは、歳のせいかと思っていたが、血のせいもあるようで。。
昔のモンゴルの写真で、おじいさんが馬頭琴弾いてる写真を見せたら、スーホだ!!
といった子がいて、あ、なるほどな。と思いつつ、可愛くて笑ってしまいました。
なんだかんだ言って、やっぱり元気をもらうのは私の方だと思います。
あっという間の45分。
子供達も床に直に体育座りしてるので、終わった時に、わー腰痛い。
と言ってるのが、毎回ちょっと気の毒。
私の小学校の思い出では、防災頭巾を持ち歩いて床に敷いてた記憶があるけど、近頃はしないのかな。
そういえば、質問を投げかけた時に、子供達で盛り上がっちゃって、小学校二年生だと、盛り上がったところから、次話するときに、先生に、ほら、静かにしてください。
と助け舟をしてもらっているけど、
うちの父はどうしてたんだろう?
とちょっときになる。
流石にもう歳で子供達に教えることもないだろうけど、旅先で初めての子供達に授業をするのに、小学校一年生や二年生、何度も相手をしているはずだ。
私が自分も子供ながら居合わせた記憶を辿ると、子供達は楽しみながらも最後まで緊張感があった気がする。
だから、あまりそういうこともなかったのかもしれない。
わりと子供達は演奏している間は集中して聞いてくれるのだけど、話をしていて、質問をふったときに、盛り上がったあとで、私の場合、戻せなくなるのが、課題です。
今となっては、直に学ぶことはできないけど、こんなことなら、父の授業風景をもっと見ておくのだった。。
校長室でお茶を飲んでいるところ。
毎度一曲弾くと、帽子がきになるので脱いでしまうのですが、
子供にちょんまげだー。
と言われたモンゴルの帽子です。
雨も降って、白く煙って、海の中みたいな帰り道。
今日は伊勢原までいって、一曲録音してきました。
いつもはパソコンで車を作ってる。という謎の世界の従兄弟。
で、なぜか自宅にスタジオがある。
それをやっと思い出した私。
それで、新居にはじめて訪問。
というか、録音してもらいました。
ありがとう!穂高くん!
で、
馬頭琴弾いてないのは、歌ってるからでした。
そう。
歌メインの曲。
ピアニスト竹井さんまでコーラスをやらされるの巻。
田口ランディさんが、「こうふくのしま」という詩をかかれて、その詩にインスパイアされて、曲をつけました。
当然、詩にインスパイアされて曲を作るということは、その曲を馬頭琴で弾くのじゃなくて、歌わないとです。
というか、その詩がとても素敵なので、その詩を届けたい。
歌うしかない。
メロディーを作っておいて、なんですが、歌いズラい。
すごく低いところと高いところの高低差が。。
そんなこと言ってる場合じゃない。
間髪入れずに馬頭琴も弾く。
そうすると、三番目まで歌い終わる頃にはゼーゼーになっていました。
練習で。
結局1発撮りに慣れてしまっている私達。
せっかく、分けて弾くことと、歌うことができたのに、ほとんど一発撮りとかわらないことしてしてました。
振り返ると。
細かくチェックすると、あそこもここも、となりますが、もう。祈りなので。
この曲は。
この曲の命は祈りなので、一回練習して本番で一回撮って全部そのままにしました。
1番目の後半から見ていた楽譜の先がスタジオいっぱいに静かな海が広がりました。不思議でした。
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「こうふくのしま 」
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田口ランディ
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1.
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ありがとう あなたに であえたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
この世でいちばん うつくしいわたし
くるしみのなかに もがいたときも
あなたのなかに わたしはいたの
まなざしのおくに だかれて眠った
こころは 静かな さざ波になる
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2.
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ありがとう あなたに であえたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
この世でいちばん うつくしい景色
ふるえる手で つかんで消えた
かたちあるものは ここにないと知る
見つめあいあるく 夜明けの浜辺
足音もやがて 海へとかえる
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3.
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ありがとう あなたに出会えたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
立ち上がる影 生まれ変わる街
生まれるときも 死んでいくときも
あなたとともに わたしはいたの
まなざしのおくに とけていく命
かなしみはひらくよ 永遠のドア
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3月11日の慰霊祭の日に流してくださるそうです。
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今年の誕生日に、米本久美子さんに、私のイメージで絵を描いていただきました。
なんとなく。この曲の雰囲気にもあうなと思っています。
まだみなさんには曲を聴いていただくのは少しお待ちください。
ちょっとがんばると、すぐご褒美を自分に与えるようになってしまった。わたしたち。。