2015
父が昔ロシアの捕虜で通訳をしていた時、大阪のラジオ放送でバイオリンを弾いていた方が日本兵の中にいたので、父が大尉に掛け合って、消灯後に、廊下の灯りの下に椅子を置き、ロシア人から借りたバイオリンで、その方がそこに座って演奏するようにしてもらった。
童謡から始まり、名曲を次々と演奏。
みな静まり返って聞き入った。
すすり泣く気配があちこちでしていて、自分も心に沁みていく音色にとても感動し、
父はそれで音楽の力に愕然としたという。
以来バイオリンの音色が何より好きになったと言っていた。
そんな訳で私は3歳からバイオリンを習い、いつの間にか馬頭琴になっているのだが、この過程は、父のそんなエピソードから通じていることだったんだな。
と、初めてきくその話に、音楽というものの、時も空間も超えて繋がる力の奥底をみた気がした。
ちなみに、吉田正という戦後大活躍した作曲家と、父はこの捕虜時代一緒で、小柄であまり労働に向かない彼が音楽をやる事を知り、これまた父を信頼してくれていた大尉に掛け合って、彼は、労働に向かない。彼一人の労働力は大した事がないのだから、彼に音楽をやらせて、皆をなぐさめる方が、よっぽど、皆の士気が上がると、進言し、ロシアの人からギターを借りて、大尉も、それを承諾して、吉田正はそこでいろいろ作曲し、音楽を皆に聞かせた。という話を聞いた。
素人も、プロも、楽器をやる人間が結構いたので、父が指揮して、白樺という楽団を作り、楽しんだという。
帰国してもしばらく東京で活動していたらしい。
全く初耳の、父の音楽に関するエピソードだった。