2016
月がみちる
今日は満月のようです。
そういえば先日の八ヶ岳の夜のライブでは縄文の博物館館長さんが、三日月は人間が肉眼で見える月なので、新月から3日目に復活再生するという思想が古代にはあるという話。
陰暦の月に沿って生活するととてもぴったりくるという話。
陰暦の話はよく種まきや収穫など、陰暦の通りだと聞く。
館長さんはとても縄文の文化を愛していて、自分もそんな思想や生き方を少しでもしたいなと思っているけれど、もう陰暦にかわることはこれからないのだから、そういう現実をちゃんと踏まえて、どこまでなら取り込めるかと考えている。
という、なんかとても共感できる話でした。
もう陰暦にかわることはこれからないのだから、というあたり、陰暦にまた戻すべきだと思わないあたりがなんだかじーんとするのでした。
変えることのできない状況ってある。
若い頃はなんでも変えられると思っていたな。
今考えるととても守られていた環境にいた。
変えられない状況は確かにあって、それは大きな波のよう。
満てちくるものを止められない。
それなら自分はどうするか。
その大きな力の前にどう立つのか。
まともに波をくらうのか。
波をくぐり波の底で耐えて通過する波を見ながら、のる時を見極める。
諦めることとは違う。
今ある状況の中での一番の理想を思い描く。
波を読むこと。
それでも、
どうしようもなくて、かなしかったら泣くしかない。
それがあとから力になる。
悲しみをちゃんと受けたら、その悲しみは自分の力になってくれる。
なぜなのか
なぜなのか
答えなんかない
悲しみをしっかり通過した先に
わかることがある
月はみちるものだと。
月みちる
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先日のサマーアースライブ2016
ひょうご環境体験館でのライブの動画
オリジナル曲の月みちるです。
馬頭琴 美炎
キーボード 竹井美子
ドラム 前田仁
ちなみにこちらは牛窓てれやカフェでの月みちる。
最初に荒城の月を弾いてからの月みちるです。
どちらも違うので聴き比べてみてください^ ^
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