2019
真っ暗闇が好き。
真っ暗闇が怖い。
わざわざすべての明かりを消して真っ暗闇に沈むようにしている時がある。
かと思えば、本当に真っ暗闇で息ができないような気がして恐怖に襲われる時もある。
今日見た映画は「炭鉱(やま)に生きる」萩原吉弘監督。
カンテラの明かりが消えてしまったときの言いようのない怖さについて少年時代の炭鉱での経験を語っている人がいた。
凝らしても凝らしても目が慣れない真っ暗闇では、右も左も上も下もなくなり、出口のわからない永遠に閉じ込められてしまうのではないかというような恐怖におののく瞬間がある。
ましてや炭鉱ではすぐそこに死がある事故が常に起こる。
過酷な労働だけではない死と隣り合わせの労働。
その中で一番印象に残ったのは、男の人達が掘り出した石炭を運び出す女の人達の労働だ。
そういえば鋸山に登った時にも、切り出した重い石を山から降ろしたのは女の人達で、降ろす時に事故に巻き込まれたのが印象に残ったのだが、二百キロにもなるものを狭い坑道で押して歩き、一歩でも踏み間違えばその重さに自分が轢かれてしまう大事故。
自分だけではなく、他の人も巻き込まれてしまう。
そんな日常茶飯事。
運命共同体の中で互いを思いやる人情。
その過酷さと、それゆえの人の暖かさなども感じた映画だったが、見終わった後で、炭鉱の展示の中に衝撃的な文章を見つけた。
炭鉱の記録文学作家の上野英信の展示だったのだが、
彼の書いたものの中から引用されているある女坑夫の呟き。
生まれ変わったら何になりたいかという他愛のないお喋りの問いかけに、「誰かが重い荷ば曳かんとならんとなら、あたしゃ、やっぱり、馬になって荷ば曳きたかよ」
え?
と思った。
映画の中では馬の描写もあった。
馬一頭に3トンもの石炭をひかせた。
真っ暗闇の中、炭鉱からやっと外に出られた時に、馬がいつまでもいつまでもいなないていたのを、切なく見ていた少年の記憶。
生きて出てこられたという馬の悦び。
それを見て切なくて涙が出たという当時少年だった人の話。
馬は過酷な労働に駆り出された存在。
本来は自由な存在なのに、人に使われて酷使される。
一方炭鉱で働く女性は生活のために自ら石炭を運ぶ。
しかしそうしなければならない理由がある。
生まれ変われるのなら、その境遇から脱したいというのが自然な想いではないのか。
というのが覆された。
誰かがやらないといけない事なら自分がまたやる。
過酷な労働と死につながる事故だけではない。
炭鉱で働く人達への差別。
権力や資本が仕組んだ差別政策の中で差別にさらされ続けた人が「この世のどこかに差別があり、差別の重荷にあえぐ人がいるかぎり、自分もやはり生まれかわってでもまたその差別の重荷を引きつづけなければならない」
思わずその文章の前で立ちすくんでしまった。
何度も何度も読み返す。
間違いではなく、生まれ変わったらまたこの重荷を背負いたい。
と言っているのだ。
美しい心とはこのような強い心なのだろう。
苦しい生活をしている人、差別を受けている人、本当に弱い人達とは誰の事なのだろうか。
本当に傷ついている人達とは誰の事なのだろうか。
人を傷つける人というのが最も傷ついている人ではないのか。
今社会に起こっている様々なことが頭をよぎる。
最近も、維新の党の長谷川さんが差別されている人達に対して投げつけた言葉。
その言葉は果たして刃となって、この女坑夫を斬りつけただろうか?
きっとかすりもせずにその刃はいつか長谷川さん自身に戻るだけだろう。
今日この言葉に出会えたお陰でそう思える。
つい先日の川崎登戸で起こってしまった悲しい殺傷事件。
今朝幼稚園で馬頭琴の演奏をした。
子供たちは屈託無く沢山笑い、音楽を楽しんだ。
園長先生が、終わった後片付けをしている私達に言った。
今日私はとても気持ちがブルーだったの。
音楽を聴くうちにとても元気になった。
音楽っていいわね。
私達は回復することができる。
回復する術をもち、それを知っている。
殺傷事件を起こした犯人は自ら死んでしまった。
彼は沢山の人を傷つけたが、本当に弱く、最も傷つけられた人とは誰だったのか。
この世の中で一番弱い人とはどんな存在なのか。
一番傷ついている人とは誰の事なのか。
それを考えさせられた1日だった。
萩原吉弘監督との思い出がある。
だいぶ前の話。
監督は私の高校時代に在学していた山形の学校を訪ねてこられた。映画「あらかわ」の撮影中で、当時私はダム問題に関心を持っていて、社会の授業の学習の中で村の人たちに聞いて回った話を元に書いた論文をどこかの新聞社が記事にしたのを読んで私に会いたいという事だった。
私はちょうどロバに乗って村を散歩していた。あれが君だったんだね。という事で色々話をして、後に何度か手紙のやり取りもした。
あなたは何か文化的な表現をするのに向いていると思うよ。と言われた事がずっと頭にあった。今こうして音楽をやっていて、久しぶりに便りをしたところ、監督は亡くなっていた。代わりに返事をくれたシグマの佐々木さんから今回の映画の案内をいただいた。
誰かの想い。それを知る事で誰かに伝えたい。音楽もまた同じ。それを再び思い直した日になった。