馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
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 なないろ馬頭琴- 2017/02/07 -

Category : BLOG

ちょいと間が空きました。

ぼーっとしていたわけではなく。笑

CD録音などしていました。

2月に入ってからは小学校をまわることが増え、早起きの日々です。

先日行った幾つかの小学校で、先生や校長先生に、今まで馬頭琴は何度か聞きましたが、今日のが一番良かった。感動しました。親御さんや、他の学年にも聞いて欲しい。

と大変褒めていただきました。

ありがとうございます。

思うに、私は本場の人間ではなく、日本人であるし、モンゴルの文化や民謡にとても詳しい訳でもなく、ただ、モンゴルへは数え切れないほど行き、いろんな場面、生活を経験したり、沢山の馬頭琴の音楽にも触れ、自分の感覚の中にはある程度の世界があります。

この人の民謡が一番響くなという人の演奏を真近で聞く機会や、教えてもらう機会が多かったのも幸運でしたし、そこに近づくためにひたすら練習していた日々もありました。

そこから私は美炎として、馬頭琴の音色をより、可能性のあるものとして、自分が描きたい世界を追求する方向へと進んできたと思います。

今でも、モンゴル音楽、馬頭琴を紹介してください。という趣旨の元、依頼される時、自分がそれにふさわしいのか考える時がありますが、それも最近ではあまり迷わなくなりました。

もちろん、民謡や、モンゴル音楽、文化も自分なりに自分の経験を通して語り紹介しますが、私が自分を通して感じている世界を馬頭琴の音色で、馬頭琴の演奏で届けたいという気持ちが強いからだと思います。
あくまでも、音楽。

特に子供達には、美しい、楽しい、驚き、哀しい、時には怒り。そんな感覚を音楽で感じて欲しい。

それがモンゴル音楽であっても、私のオリジナルであっても、他の音楽であっても。

そして共演してくださる人との息のあった演奏から生まれる楽しさや奥行きや、驚きも感じて欲しい。

お年寄りの方を前にした演奏もそうです。

懐かしい曲だけでなく、全く聞いたことのないようなもの。

激しい元気なもの。

切ないもの。

美しいもの。

心の扉が自然と開くように、いつもそんな想いで演奏します。

もうその時には、モンゴル音楽もオリジナルも、その他も無いです。

だから、依頼される時、モンゴル音楽をお願いします。とか、みんなの知っている曲中心でお願いします。という時もありますが、みなさんを前にして、一曲ずつ弾く時、いつのまにか、皆さんが初めて聞く、私のオリジナルが多くなり、最終的に、あれ!今日は民謡少ししか弾いてないとか、知ってる曲一曲しか弾いてないという結果になっても、依頼してくださった方も、そんな注文を忘れて、ひととき、とても楽しんでくださっているのを感じ、これで良かったのだろうと思うのです。

もちろん、少しずつですが、美炎の馬頭琴を聞きたいという依頼もあり、そんな時には本当にありがたいと思うとともに、次はどんなシーンをどんな風に彩るか、自分の今できることを見つめ直す日々です。

最近新しい曲が増え、なかなかプログラムに収まりきらないのが悩みです。笑

今回製作中のCDは、本当に同じメンバーで弾いてるのか?というくらい、全く違うシーンが続いています。

七色の音

私が目指しているのはそんな音楽です。

確かに引いてみれば美炎の馬頭琴の音色ですが、人生にいろんなシーンがあるように、自分の感情にいろんな扉があるように、自分という人間の引き出しの分だけ、沢山のシーンを描きたい。

そんな欲深な私です。

できれば、小学校でも、老人ホームでも、どんな場所であっても、今回のCDメンバーは、毎回ご一緒してくださるピアノの竹井美子さんと、ドラムパーカッションの前田仁さんに加えて、シンセサイザーのRyuta くん、ベースの山田章明さんと加わることで、よりロックな感じや壮大な感じを描くことができたので、そんなバラエティーも提供できればいいなと夢見ております。

  

 けっきょく馬- 2017/01/17 -

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満員電車みたい。

そのくらいぎゅーぎゅー。

想像より小さなところに沢山人が入ったライブを聴きに行った時のこと。

満員電車とか満員のエレベーターとか閉所で人が沢山いるのがとても苦手なんだけど、音楽がはじまったら気にならなくなった。

ブラジル音楽ショーロ。

たまたま日本にきて、もう今日しか聴くチャンスないらしいというので、集まった人達。

とっても自然な感じにはじまって、曲数が重なるうちにどんどんのってくる感じがまた自然で、いつのまにか奏でる独特なリズムにひきよせられる。

あの柔軟で自由で自然で遊びがあるのはブレない身体性と気持ちがあるなだろうなと思った。

馬のことに例えると(え?なんで?馬好きだから。)

馬を知らない時、私はモンゴルの草原でいきなりのったので、とくに教えてくれる人もなく、頭にあるイメージで、そういえば背すじピンとして、リズムに合わせて腰をあげたりさげたりしてたなー。とそんなものをやってみたけれど、

牧民さんは全然そんな乗り方してなくて、みてると、馬の自由な動きに吸いついてるみたいだった。

正確なリズムを刻んでリズム通りにと思ってると、追うのが一生懸命になってしまう。

どうしたら牧民さんみたくのれるんだろう。

あれこれやってみたり、乗れるようになってきて分かったのは、馬の背中で馬と一つになってしまうことだ。

それには腰が据わった状態で、体はぐにゃぐにゃにしておくと、馬の動きに柔らかく合わせながら、リズムはずれずに、ぴったりしておけるから、体が多少おいてかれても、腰は合ってるので落ちない。

音楽も似たような感覚がある。

腰が据わっていれば、どんなに元になるリズムから行ったり来たりしても、一貫したものは確かにあって、行きつ戻りつの遊びを体感しながら、安心感という心地よさがある。

すっごく気持ちいい!

ってなるときは馬も音楽もこんな風にリズムは一貫してなくても芯が一貫していて振れ幅は自由でわざとずらすにしても、ぴったり合わせるにしてもウマく行く時だ。

先に馬にのれるようになったから、なんかそれは良かった気がする。

モンゴルの先生が馬に上手に乗れるようにならないと馬頭琴は上手に弾けるようにならない。といったのは、こんなこともあるのかな。

競馬は競り合うから、こちらが前にでたり、向こうが前にでたり、、行きつ戻りつ競り合いながら、ときにはピッタリと真横に並んでいつまでも同じ動きで並走する時もある。

あの面白さってあるなー。

あくまでも見る競馬でなくて、自分が乗る競馬なんですけどね。

モンゴルの人たちと競争したあの面白さはやっぱり馬のリズムの音楽をひく時に蘇る。

本当に乗らなくても、この文章から少しは伝わるように、想像力があればそれでいいのだと思う。

あ、また馬に乗りたくなってしまった。

一月は新しいCD製作です。

とても素敵な環境で撮れることになったのでとても楽しみ。

新しいメンバーも2人入ります。

写真は馬旅800キロの時の頼もしい相方ヘイダーシ。

  

 まく- 2017/01/02 -

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幕間

次のストーリー展開は全く違う物語のはじまりだ。

一つの話が終わりを告げる。

当たり前だけど、終わらないと次の物語ははじまりようがないのだ。

今の安心感を手放さないで次の冒険はできない。

違うやりかたを試すチャンスだ。

今年の正月はちょっと面白い。

女友達と二人で過ごした。

年は一回り弱違うのに、お互い共通点が多くて話が弾む。

彼女はゲームのキャラクターデザインを3Dで制作したりする、私には分からない世界だけど、フリーで創作活動している点で、いろいろ話が共通する。

私は彼女の描く世界が好きだし、彼女は私の音楽が好きだ。

そんな関係もありがたいなと思う。

仕事で絡むこともある。

彼女の実家が岡山で、私の父が岡山にいたりして、岡山で会うこともある。

考えたら不思議。

彼女の画家であるお母さんにたまたま岡山のカフェで話しかけたのがきっかけなのだ。

東京ではじめて彼女と会った時、あろうことか二人して同じイタリアのユニコーンの手帳を持っていた。

出会いって不思議。

今年は一体誰と出会い、どんな物語がうまれるのかな。

今からもう次の一年を振り返るのが楽しみだ。

楽しみと思えるこの今が幸せだ。

楽しいことばかりではないだろう。

もちろんそれが人生だから。

それでもそこから何を学んで何を生かすかそれがチャレンジだと思えばそれもまた楽しみの一つだ。

まだ見ない道をまだ見ない景色をワクワクしながら進んでいこう。

幕が開けるのを怖いと思うのか、楽しみと思うのか。

  

 クリスマスの思い出- 2016/12/22 -

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幼い時、クリスマスに親戚があつまり、年の近い、いとこ達と最初は遊んでいるのが、そのうちなんかやろうということになり、子供達だけで、劇しようとなぜか毎年そうなった。

何にする?

って毎回その場で考えるんだけど、なぜか考えた結果、3匹のこぶた。

そして、誰が何やるか、それも毎度みんなで考えた結果、毎度私がおおかみ。

全てがアドリブ。

それでも大人たちにはいつも大受けだった。

特にオオカミが鍋に落っこちるところで。

別に笑わせようとしてたわけじゃなかったんだけど。

幼稚園の聖誕劇ではモミの木の役で、木こりに切られて、倒れる音を言いながら倒れてやはり大人たちに受けた。

その後しばらくなぜ笑ったのが不思議だったけど。

それからやっぱり、先日行った山形の高校時代のクリスマスは今でも印象的。

だいたいこの頃には初雪も降り、雰囲気は満点。

クリスマスキャロルで有志が何グループかに分かれて村の家をロウソクを持ってまわり、賛美歌を数曲合唱する。

何しろ山の中の小さな村だから、集落までが遠いし、真っ暗。

そんな中で特にロウソクの灯りが印象的だった。

朝起きると女子寮の部屋のガタガタの木の戸板には、誰だかわからない人作の沢山の小さなクリスマスプレゼントがぶら下がってる。

小さなチョコレート菓子だったり、クッキーだったり、小さな編み物の靴下だったり、小さな包み紙とリボンに彩られて、ピンでそれぞれ止めてある。

誰かこっそりクリスマスまでに作って、みんなが寝静まった頃、一軒一軒のドアの戸板につけていったものだ。それが10個くらいはあったから、毎年10人くらいはそんなことしてたんだなー。

うろ覚えだけど、こっそり夜にお菓子を焼いた記憶があるのだけど、あれはなんのためだったかしら?

もうすぐクリスマス。

そうそう、今年は横浜のとある介護施設に呼んでいただいて、馬頭琴を弾きに行きます。

クリスマスにコンサートです。

コンサートのたびに、私の音楽を聴いてもらうのは最初で最後かもしれないんだよなー。と思います。

仲のいい方のお孫さんが小学校低学年の男の子なんだけど、私の音楽を気に入ってくれていて、それも熱にうなされた時に、何度も何度も繰り返してきいて、寝るんだそうです。

その子はオルゴールも具合悪い時にきくみたいで、私の音楽とオルゴールは同じだと思ってるみたい。

なんだか嬉しい話でした。

クリスマスが楽しみです。

  

 女らしいおじいちゃんと男らしいおばあちゃん- 2016/12/13 -

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歩いて行けるところに老人ホームがある。

カフェがあるので、たまに行ってランチする。

当然だがホームのお年寄りもやってきて、スタッフとお年寄りの会話や、お年寄りの独り言など聞いてて、あーおじいちゃんやおばあちゃんこんな感じだったなーと懐かしくなる。

前にもブログにおじいちゃんおばあちゃんの事を書いたことがあったかな。

おじいちゃんは分かりやすかったなー。

この時代の人ってこんな感じなのかな。

マイペースは度をこして頑固。

夏はこの服。

冬はこの服。

礼服はこれ。

寝るときは浴衣。

コーヒーに白砂糖は7杯。

ティースプーンで70回かき回す。

トーストとお餅は黒くなるほど焦げないとだめ。

タバコはきついやつを1日1本。何度かに分けて吸う。

薬を何種類もカンペンの中に入れていて、ヤクルトで飲む。

飲んだ後の薬のパッケージはペンチで丁寧にたたんでヤクルトの空き瓶の中へ。

車はマニュアル。

後ろをどんなに待たせても、決して焦らずな運転。

家に戻ると今日走った走行距離をロール紙に細かく万年筆で書き留める。

それが終わってから車を降りる。

腕の脇には必ず折りたたんだ新聞。

テレビはNHK。

見てなくても大音量で一日中ついている。

夜中にはプロレスを見る。

ドリフターズ大好き。

私もこっそり二階のおじいちゃんの部屋に行って隣で見ていた。

タッパーの中に歌舞伎揚げが沢山入っていて、テレビ見ながら一緒にかじる。

テレビの音がしないなーと思っているとピアノ弾いてる。

トロイメライ。

ペチカ。

結婚行進曲。

それから幾つか歌う。

みんなのうたからのお気に入りが多い。

私も一緒に歌う。

カセットテープでそれを録音する。

ベルトには歩数計。

必ず散歩。

それもロール紙に歩数をかきつける。

たまに一緒にいく。

家の表の方は団地。

裏の方は畑や田んぼがひろがる。

裏の方の田んぼの道。

カエルの道。

と家族間で呼んでいる。

夏の時期にそこを通る時は必ず車をとめて、ライトを消して、窓をあけて、カエルの大合唱をきく。

散歩の途中、アザミやタンポポや沢山つんで、帰るとおじいちゃんがそれで甘い佃煮を作った。

おじいちゃんにお預かりが多かったので、幼い頃はよく紙粘土で遊んでもらった。

めちゃくちゃ手先が器用だったおじいちゃんは、紙粘土で何でも上手に作ってくれた。

幼稚園をしていたおじいちゃんの得意分野。

寝るときになるとお話をしてくれる。

ほとんど、創作物語。

怖いのからかわいいのまで。

内容は忘れちゃった。

新聞の四コマ漫画を切り取り、束ねてある冊子は何十年分。棚いっぱい。

おじいちゃんの部屋に入り込んで棚の下にしゃがみ込んで、よくサザエさんやいじわる婆さんを読んだ。

声を張り上げて怒ったことがなく、なんとなく女性らしいことが得意でもあり、そうかしらね。おほほほほって笑うような感じ。

青年の頃は美男子で、写真は必ずかっこよくポーズをきめている。

銀ぶら行ってくるといって、何してきたの?ときくと喫茶店でクロワッサンとコーヒーを飲んできたよ。

今はこんな飾り付けがどうのこうのできれいだったなー。

という感じ。

男らしい感じが子供の私にはしなかったのに、今でも不思議なのは、こんなおじいちゃんが、まだ羽田空港しかなくて、写真は白黒の時代に世界一周旅行を一人でしていることだ。

何が一番良かったかきいたら、パリのクロワッサンが本当に美味しかったと目を細める。笑

さてこんなおじいちゃんのパートナーのおばあちゃんはというと、

おじいちゃんが女らしかったら、おばあちゃんは男らしかった。

結婚して子供を産んでから勉強に出かけて資格を取り、おじいちゃんと幼稚園を作った。

山歩きが大好きで、生き物が大好き。

止まったら死んじゃうような人で、家では一日中掃除をしたり片付けたり、庭の草木をいじっていた。

外国にもよく出かけて、あちこちの旅のお土産を親戚中に配っていた。

家の中に入ってきた虫も、庭の蛇ももぐらもなんでも手でつかまえてケースにいれて飼う。

おじいちゃんは、おおヤダ。

こわいなー。と目を細めて笑ってる。

二人ともなくなって10年は経つ。

今だったら聞きたかった事が今はもう聞けない。

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