馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト

 はみだす勇気- 2016/05/16 -

Category : BLOG

放置プレイ。

先日ギターのナリさんとマザー牧場今季最後の演奏の合間にまたまた話が弾んでしまい、はっと時計を見ると五分前。あわてました。

ナリさんが、何という質問をしたのか忘れましたが、答えているうちに、私は親にどう育てられたのかという話題に。

ついこの前の山形でもなぜかその話題になり、母校の学園で、親の顔が見てみたい。と何度言われたか。というおっかない話と、私の母もまた、どうやって育てたらああなるのかよく聞かれるという話を聞き、ああなるのか、とはどういう意味なのか私が逆に質問したいところです。

ただ、その話題の中で母が、とある人に私の幼少期をとても心配されて、もっとちゃんと躾けるべきじゃないのか小言をよく言われたけど、そうしなかった。

という話がありました。

その後私は少し大きくなった時に、この事で少し苦労しました。

こうするべき。というのが割と欠けていたからだと思います。

まあでもそこは、こうすると怒られる。こうすると嫌がられる。という実際の体験を通して、学ぶことになるので、若干痛い目にはあいますが、その方が学びとしては効率いいのではないかとも思います。

そして、私にとって大切なのは、こうするのは、人が嫌がるかもしれないから、こうする。

という順序があることで、そことは別にしっかりと、でも私がしたいのは、こうだ。

というのがはっきり自分で分かっていることです。

私の子供時代は、父は仕事で日本中旅していましたから数週間家を空けることは多く、たまに会うと、本屋で好きな本を好きなだけ買ってくれる。

それと、美炎子は今何が好きなの?何に興味あるの?という話題を振られる。

答えたことに関して、ただニコニコと聞いている。

私が何か質問すると、逆にあなたはどう思うのか?どう考えるのか?聞かれる。

その答えは否定されることはなく、答えがどんどん展開していくように、今思えば、導かれる。

父に関しての子供時代の自分との関わりは以上3点。

私の学校の通知表を一度も見たことはなく、行事にも一切参加したことのない父。

それが父の一貫した考えのもとの一つのあらわれだろうというのは、何となく感じていたので特になんとも思わなかった。

母は、勉強や活動で忙しく、都内に行くときは、私をサンシャインの水族館に連れて行き、そこにお留守番させる。

私は数時間そこで過ごす。

あとは本屋か公園で数時間過ごす。

そんなことが多かった。

寂しいとおもったことはなく、逆に喜んでその時間を過ごしていました。

いつのまにか、子供、大人に関わらず、お友達をその場でつくり、お世話になる。

やりたいことはとりあえず何でもやらせてもらえた。

それは非常に恵まれていたと思います。

長続きしないから、どうせ練習しないから、と頭から反対されることは一度もありませんでした。

自由奔放に育つとどうなるかというと、そうはいかない枠に入った時に、非常に苦しみます。

逆に、人に迷惑をかけないようにと厳しく育てられた人は、このような枠の中で割と楽にいられるのではないかと思います。

母はある意味実験していたのだと思います。

自由奔放に育てたらどうなるのか。

私としては自由奔放というなら、いっそ山の中で育てて欲しかったという気がありますが、そこは、高校時代を山奥の寮生活を選んだことである程度満たされます。

中学時代、私は反抗期で、家にいない父を相手ではなく、母に一切口をきかない。

という手段にでました。

反抗期とはなんだろうかと考えると、結局は、小さい頃というのは親は絶対ですから、いくら自由奔放とはいっても、そこには母の思惑があった。

小さい頃は実は頭で理解してなくても、親の思惑というのを、嫌という程分かっているのだと思います。

感覚で。

認められたいから、親の通りに生きようとする部分が少なからずあるように思います。

もちろん日々、駄々をこねたり、反発したり、いたずらをしたりして、ハミ出そうとするのですが、所詮幼いのでうまくいかない。

中学くらいになると、親が人間だということがわかってくる。

そうすると、なんなの一体?なぜ今まで私は親に操作されなくてはいけなかったのか。

というところで、いままでの仕返しをしてるんだと思います。

子供の反抗はいつでも正しいと私は思います。

親は知らず知らず、子供のためを思うあまり、そこに、自分の願望を込めている。

子供はそのいいなりに少しでもなってしまっていた自分に腹が立ち、親に腹が立つんだとおもいます。

だから、とてもいい過程だと思います。

そこで精算されるのですから。

そこで精算がうまくいかなかったら、あとは大人になって自分自身が苦しむことになってしまう。

相手になるはずの親はもう年老いている。

自分一人で自分を相手に精算しないといけなくなるのだと思います。

だからそれを考えたら、反抗期の子供をもつ親は、パンチを受ける器になってあげるのは仕方ない。じゃないと、自分自身にパンチをするようになってしまうからだと思います。

ある程度子供はほっとくのがいいと思います。

じゃないと、親の思惑が強くなってしまう。

ほっとくと、意図していない意図が自然とその人に関われる余地が生まれる。

親オンリーだと、親の雛形ができるだけです。

それだと面白くない。

とまあ、偉そうに書いてしまいましたが、教育は教科の勉強だというのはほんの小さな事で、なんとかうまく人生を生きて欲しい。と願うと、いつのまにか社会に適応する社会のための人材を育ててしまう。

そうではなくて、その人そのものが、本当はなにを望み、その望みをあるいは探せること、追い続けられること。

それが結局は幸せを求めることなのではないかと最近思います。

親はそれを勇気付けてあげるだけでいいんではないか。

何か社会から外れてしまった子供をこのままではちゃんと生きていけないんではないかという不安から、元に戻すのは、せっかく外れるという行為で自分を探しはじめているのに、余計なお世話になるばかりです。

親というのはとかく余計なお世話をしがち。

それも自分が大人になって振り返ればありがたかったな。と思えることもあるかもしれませんが、ほとんどの場合、余計なお世話であると思います。

子供がもっともっとのびのび生きられる社会になったらいいなとおもいます。

みんな違う。それがはっきりわかる、味わえる、十人十色の方が世界は美しいからです。

人の色に社会の色に染まってしまっても、いくらでも気付いた時から自分の色を模索することはできる。

  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright © 2019 馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト. | Creative by Works-Yui