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 とりよめ- 2017/07/30 -

Category : BLOG

とりよめ

久しぶりに目をつぶってお話を聞いた。

おばあちゃんが語ってると思って聞いてくださいって、作家のあまんきみこさんがおっしゃって、3つの物語を読んでくれた。

頭の中にあまんさんの声と語りが入ってくるといとも簡単に情景が立ち上がってきて、一瞬で物語の中に入る。

あまんさんは、講演なんかできないわ。普通の主婦だもの。と言う。

父がそれを質問したら答えられるでしょう?と引っ張りだしたらしい。

以降文芸研では対談という形で公演されるが、普段は断っているらしい。

父である西郷竹彦を偲ぶ会に出席するために神戸に行ったのだが、あまんきみこさんの語りやお話を聞けて、また帰りは京都まで一緒に帰り、京都の喫茶店で一緒にお茶をしながらいろんな話をしたのが、思わぬ父からのプレゼントのようだった。

あまんさんは、40代50代っていうのは一番いい時よ。

若いうちって朝日に近いでしょ。年老いてくると夕日に近くなるじゃない。

40、50ってどっちも味わえるのよ。

というようなことを、私におっしゃった。

あまんさんの書く物語、多くは子供の時に読んだきりだった。

それを作者自ら3つも語ってくれるのを、客席で目をつぶって聞いた。

ちいちゃんのかげおくり。

この話は悲しい。

対談の中で、あまんさんが最初はおばあちゃん、お母さん、娘というように三代でかげおくりをするお話しだったのに、お母さんの名前がちいちゃんで、ちいちゃんは結婚もして、娘が生まれるはずだったのに、どうしても物語を書いていくと、ちいちゃんが死んでしまうんです。

だから、しばらく置いておきました。

そしてまっさらにして、もう一度初めから書き直す。

なのにやっぱりちいちゃんが死んでしまうんですね。

なのでもう一度置いておく。

そしてやっぱりかきはじめるとちいちゃんが死んでしまう。

とおっしゃっていました。

最初から物語を理論的に構築して立派な物語を書く方もいますけれど、私にはそれができないんですね。

と申し訳なさそうに話す。

とりよめ。

隣で弟の甲矢人が、このお話は本当にいいよ。僕とかみほちゃんの話だよ。

という。

最後の方は涙がとまらなくなり、ああ、私はこうやって死んでいくのかもしれないと思ったほどだった。

なんて終わった後に甲矢人と感想を語り合うと、真顔で、いやいや、まだその前にやれることあるでしょう。と言われた。

こいつ危ないと思ったのかもしれない。笑

神戸から帰る新幹線の中、京都のあまんさんとご一緒した。

新幹線の中、喫茶店の中でいろんな話をした。

お互いの幼い頃や、あまんさんの今の私と同じ年代の頃の話や、いつの間にか、私も話の流れでいろいろ話すと、偶然じゃないみたいね。何もかもが必然的にきこえるわね。とおっしゃった。

父があまんさんは天才だと言っていたのが、物語を語ってくれた時にわかった。聞こえない声を聞き、そこに寄り添う優しさと強さ、自然に持っている感性。あんなに可愛らしいおばあちゃんなのに、計り知れない世界とつながる何かがある。

力のある人、その人の後ろには何かが立ち上がってくる。世界が見える。それに包まれる。

父もそうだったと思う。

実際は研究者であり、学者であり、文芸学という文学を芸術として体系づけることに一生をかけたが、現場の先生達とつながり、自ら小学生相手に星の数ほど授業をして、理論を証明、改善し続け、先生達を指導した。

文芸研に集まる先生達はみんな変わってる。

記憶にない幼い頃から文芸研の集まりにくっついてった私のただの感覚だけれど、まさかあのおじちゃんが校長先生だったとか、夢にも思わなかったし、朝家で目覚めると、床の上にゴロゴロ酔っ払って寝てる文芸研の人達がいることはしょっちゅうだった。奄美や青森から来た人たちだ。

あの先生は変わってる。変わり者だと評判な先生達が熱心に学びにきた。

そして、やっぱりクラスで、学校で問題児とされている子供達を愛し、馬が合うようだった。笑

話がずれてしまったが、父の授業を何度か受けたことがある。

それは以前津軽三味線の高橋竹山の演奏を生で聴いた時に感じた感覚と一緒だった。

子供達にたくさん質問をして、出てきた答えを面白がっていた。

そして物語の深淵を覗いたように感動する仕掛けがあるみたいだった。

あれはライブだった。

もう一度今父の授業を受けたい。

子供達の前でどんな風に立っていたか、今は自分の子供の時の記憶しかない。

人との出会いは不思議だ。

文芸研の方が父の思い出を語る中に、先生と出会ってなかったら、自分の人生がどうなっていたか分からない。とおっしゃる方が多い。

出会う時が、これ以上ないベストなタイミングであるなと思うことがある。

これより前だったら、これほどの感慨はなかったかもしれない。

これより後でもまたしかり。

対談の中であまんさんが、自分でこのことばっかり考えていると、誰かがふと答えを言ってくれることがあるんです。

ストンと腑に落ちるんですよね。

その人は、そんなことさらっと言っていて、忘れてるんですけど。

自分にその準備が出来てるとただうけとれる。

相手には関係ないことなんですけどね。

とおっしゃっていた。
反対に、この人をこうしてやろうとから、ああしてやろうとか思ってると、相手を動かすことができないよなと思う。

さて。

明日はライブだ。

  

この記事へのコメント

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  1. く黒河内隆 says: -#1

    すごく、いい内容の話であり、文章です。このように人のことがわかる、分かり合える、これぞ絆ですね、いいお話でした。

  2. 岩下貴子 says: -#1

    文芸研神戸大会、
    残念ながら行けませんでしたが、
    みほさんのお話で、
    沢山のことが、表面てきではなく、深い部分の沢山のことが
    感じとれました。
    ありがとうございました。
    これからも素敵な演奏を続けてください。

    • 岩下さま
      コメントありがとうございます。
      私は幼い頃の文芸研の記憶しかあまり無いのですが、その頃可愛がってくださった方々が、どんどんいなくなり、それでも懐かしい方が沢山、偲ぶ会、交流会と来てくださって、ちょっとした、文芸研の歴史のようなものもそれぞれの思い出語りの中からうかがい知れました。
      懐かしい方が涙ぐんでいるのを見て、思わずこちらも何か堰を切ったように涙が溢れてしまいましたが、悲しいというよりは、懐かしいような何とも言えない感情だなと思います。
      なぜ父があんなに慕われていたのか、その事が父にとって最大の幸せだったのではと思いました。

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