2019
他には誰も渡らない踏切を渡って熊笹が迫る白樺の林の中の砂利道をうねうねと抜けて、たどり着いた牧場。
牧場とは言っても、見慣れた広々とした牧場というよりは、小さな丘や小川や林に囲まれたプライベートな空間。
そして朽ちていく途中のような山小屋。
鹿の角と木彫りのクマの顔が戸口にかかっている。
中を覗くと沢山の木彫りのクマ。
一年前に90歳で亡くなったおじいさんの牧場。
元寒立馬のフウ、シバ、ハルを連れてこの北海道白老町に移住した菊地さんがこの牧場を借りて馬達を放している。
湧き水が勢いよく吹き出している。
小屋の中には菊地さんの馬の鞍もあり、ここに住み着いている黒猫が屋根裏から顔を出している。
もう誰も用が無くなってしまったような牧場に、菊地さんはまるで呼ばれたかのように繋がって、それは三頭の馬がこの素敵な地に導いてくれたような気さえする。
私達もまたこの三頭に惹きつけられて、ここにきた。
おじいさんの沢山の木彫りの人形も捨てられてしまう憂き目に遭うところだったのを
菊地さんが今年オープンさせたゲストハウスのあちこちに飾られている。
久しぶりに見る寒立馬。
大きいなぁ。やっぱり。
ふと日が傾いてきて柔らかい光になったので、シバと写真を撮ってもらう。
楽器を持ってシバの周りをウロウロしているとシバも楽器とその音に興味を示したようだ。
絡んでるうちに心が喜びに満たされて、なんともいえず癒されていくのが分かる。
馬に癒されるってこういう事か。
今までは好き!嬉しい!って気持ちが先にたって、そんな気持ちにあえて気づかなかったのかな。
心がどうも疲れていたようだと気づく。
私、馬にあえてよかった。
北の大地へ。
船に揺られて。
旅の予感にわくわくしながら、でもお腹はしくしく。
そう。千葉住みのわたくし。
この台風の停電で冷蔵庫がやられ、実家の母は腹が強く、ぬるい冷蔵庫の中の牛乳を使ったフレンチトーストを作ってくれたのが、どうもそれにあたったようだ。
千葉の災害に悲しみと怒りが私のお腹を渦巻いてもいたようで。
それで波のようにお腹がキューとなるのに合わせて船の上でも、キューとなりながらも、とことん寝て。
起きたら北海道。
思ったより寒くないというかむしろ暑い。
さっそく白老のゲストハウスHaku Hostel &cafe barへ。
三年ほど前に遠野に呼ばれてコンサートした時、お世話になった、元寒立馬のフウ、ハル、シバのお父さん。
菊地さん。
馬を連れて北海道に移住。
その様子を写真で見ていて、いつかいきたいな〜と夢みていた。
その日1日、次の日もうっとりと優しい目と顔を思い出していた。
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白老のゲストハウスHaku hostel&cafe +bar
フウ、ハル、シバの三頭の馬の牧場の絵が描かれたお部屋に宿泊。
シバ。
音を出したらとても興味を示す。
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牧場にあるおじいさんの小屋。
どこも絵になる。
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上は取り壊した家の二階から沢山出てきたおじいさんの木彫りの人形と馬の鞍。
下はその一部をゲストハウスのcafeで展示中。
シバと私。
菊池さんが撮ってくれたもの。
日高へ。
日高町の高校に携わる高橋さんが今回北海道へと呼んでくれた。
栃木県那珂川町の山の棚田コンサートの主催の廣田さん夫妻と旧知の仲で、廣田さんを訪ねた折に、棚田コンサートのポスターを街中で見たのがはじまり。
それならぜひ今回のツアーに廣田さん夫妻も誘いたかった。
以前遠野でのコンサートの時も車を走らせ来てくれた。
素敵な景色に出会うときに、自分の好きな人達と一緒だと感動が膨らむ。
日高でまず高校生達に事前レクチャーをしてその日は就寝。
次の日の午前中は馬の牧場へ連れて行ってくれるらしかった。
日高は馬産地で競馬馬を産出しているイメージだったので、連れて行ってもらう牧場は広大な敷地に点々と小さく散らばるサラブレッドを想像していたし、なんとなく柵越に近寄ってくるお馬さんとの対面を想像していた。
モンゴルの小柄な馬やら、寒立馬や道産子のような足もお腹も太い馬が好きなので、サラブレッドの神経質そうな、また足が細くて転んだら骨折るんじゃないかとか余計な心配をしてしまう。
ところが車は山道をいく。
最後の坂上がれるかな〜って言いながら。
まだ着かない。
途中で諦めて帰る人がいるみたいですね。って話してる。
最後の坂をぐいーーっと登って着いた。
馬達は厩舎にいない。
32歳だという純潔のアラブ馬のおばあさんがいた。
馬達どこにいるかなーって山の斜面がいくつかあって、どこかに自由に出てるらしい。
まあ朝出して夕方戻る。
柵がないんだよね。
広大すぎて作るの諦めたらしいの。
朝あっちにいたからあっちだと思うと言われて斜面を登っていく。
しばらく登るとちらほらいる。
小柄でカーブが美しくてしっぽがクイって上に上がってる。
これは、これは大好きな映画ベンハーのアラブ馬ではないか。
こんな夢見たいな美しい馬が目の前に沢山いてどうしよう。どうしよう。
そしたらここのお父さんが、馬達が走るところを見せてあげると言って追い立て始めた。
馬達はもうかえるの?
え?なんで?
って感じだったが、やがて勢いを増して山の下ではかなり迫力ある映像が撮れた。
自由にしている馬達。 自由に乗らせてくれる牧場。
もう絶対にここに乗りにくる。 そう何度も思う。
馬貯金しなきゃ。
何月がいいかな。とか頭の中はそればかり。
それでもうっとりと馬欲を満たして、夜のコンサート。
その井上牧場のお父さんお母さん、スタッフの人達も一番前で聞いてくれている。
いろんな曲の中で、馬の美しさ優しさ、力強さが溢れてくるのを感じる。
北海道に着いたばかりの廣田さん家族も、早速この日高へ呼んでくれた高橋さんに連れられてアラブ馬の牧場へ行ってきたようだ。
そして、皆もう厩舎に戻ってきていたので、明日の朝5時に来たら馬たちが一斉に山に駆けていくのが見れるよと言われて、行くというので即座に私も行きます!と。
前の晩はわくわくしてなかなか寝られないし、次の日の朝は4時には目がさめるし、遠足に行くのを楽しみにしすぎる子供のような状態。
この時期の山の上の気候は寒い。
なるべく着込んで出る。
廣田さん達が宿に迎えに来てくれてレンタカーに乗り合わせて向かう。
井上牧場のお父さんが、昨日のコンサートありがとうございました。
あの音は一生忘れません。
と言ってくれて、ああまたもや馬好きの人と音楽を通して通じ合えた喜びを噛みしめる。
(馬ばか)
馬達は厩舎を出て、両サイドの山、どちらへも行ける。
ところが毎日必ず昨日と違う方向へ行くという。
昨日の疾走シーンを思い出して、わくわくしながら馬達を待つ。
が、ちらほら出てきた馬達は、あら?今日は誰かいるの?
そこに気をとられたのかは分からないが、うろうろと庭先の草を食べはじめてしまい、一向に山へ行かない。
次々出てくる馬達も、その辺の草を熱心に食べはじめてしまう。
お父さんもお母さんも、あらあらあらという感じに、「やま!やま!やま!」と叫びながら山の方へ追い立てる。
その様子が微笑ましくてにやにやしてしまう。
やがて馬達は山を選んだようだ。
一斉に向かいだしたのでついていく。
芦毛の仔馬がなんとも可愛い。
馬がどんなに好きといってもムツゴロウさんではないし、それなりに噛まれたり蹴られたり痛い思いをするのは嫌だし、怖いので、柵がないならば知らない馬には馴れ馴れしく近づかない私だが、
飼い主の人がOKしてくれたら、よしとばかりに近づく。
白老のフウ、シバ、ハルもそうだが、この子達は人を蹴らないよ。
ということで遠慮なくスキンシップ。
それでもこんなに沢山いるから性格も様々だろうしな〜と最初は用心もしていたが、どうやら本当に平気なようだとわかると、とにかくビクビクしないですっかり馬の中に、うっとりとして存在できることが幸せで仕方ない。
悪気がなく服を噛んで引っ張る馬もいるが、そんな様子も全然ないので、そこにいて向こうから近づいてくると、そのまま鼻面でごつんこ。
ごつんこすると、それが挨拶なのかどうなのか、ちょっと見てから別の場所に草を食べに移動する。
寒くなかったら何時間でもいたい。
もうすっかり冷えてしまい、皆で戻ろうと、厩舎へ。
するとお母さんが、美炎さん馬に乗る?
といきなり。
はい!!
と即答。
この時点では、ちょっとその辺ぶらつくだけと思っていた。
でもお父さんとお母さんが話している様子から、けっこう走らせてくれるのかもしれないという期待が膨らむ。
でも本格的に乗るのは、多分モンゴルで2009年に馬旅して以来だから、勘が戻るかちょっと緊張。
でも嬉しくて仕方ない。
さっきまで、いつかここに乗りにくるぞ!っていう思いでいっぱいだったのが、もう叶ってしまった。
続く
32歳のおばあちゃんアラブ馬
井上牧場のお母さん。
エンデュランス120キロの優勝者。
昔トライアスロンの選手。
50代後半で乗馬を始めたらしい。
山の上の白馬
芦毛の仔馬。
歳とると芦毛は白色になる。
長靴の匂いを嗅ぐ馬
牧場の猫。
カナダからのスタッフ。
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おはようの朝
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スティーブに乗って