馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
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 両腕の翼。長野。- 2017/09/02 -

Category : BLOG

岩手より金沢へ向かい、そのあとは滋賀。

そして来ました長野。

長野はここへ。

   
 
飯田にあるピザレストランのヒコノキ。

こちらのオーナー、ドラムの前田さんの元生徒さん。

実家のある飯田にお店をオープン。

5月にライブをさせていただきました。

ここのピザも料理もスイーツもかなり美味しい。

近所にあったら通うのになー。

モーニングもやってるのは羨ましい。

11月19日の日曜日にこちらでライブいたします。

もちろんお店の美味しいお料理も堪能できます。

時間詳細は後日。

ちなみに前日18日は岐阜の恵那市にある串原村、手作りソーセージ工房のゴーバルにてライブ。

そのまた前日は名古屋の古民家ギャラリーで西美紀さんの展示会にてライブです。

  
さて

中央道は土砂崩れで中山道を迂回して、やっと松本入り。

竹井さんと松本で合流。

なんだかこの旅中、いつもいるはずの竹井さんがいなくて、また旅の途中で会えたのは喜びひとしお!

演奏すればその有り難味も一段と感じます。

ほんと、伴奏一人欠けると翼が一つもがれてる感覚です。

あー。やっと両羽揃ってどこへでも自由に飛べる!ってなります。

去年もお世話になった中山東花園。

代表の菅谷信さんは高校時代の先輩。

幾らでも食べれる大粒なブルーベリー農園と合鴨農法でつくるお米が自慢の農家です。

中山東花園は、松本市内の子供連れファミリーが楽しく農業に触れられるようにと、ボランティアで運営している園。

夏の集いに音楽隊を呼んでくれました。

日本中のあちこちの地域で、地域になにが必要か、ここの良さはなにか、どう人の輪を作るか、そんなことを真剣に考えている人たちがいて、そんな輪に加えていただいて、音楽で少しお手伝いできるのが、何より幸せだなと思うのです。

その地域の歴史や今の現状、人の想い、自然の成り立ち、色んなことを学ぶことができて、学生の頃、そんな学びをしたいと強く思っていたことが、図らずも、こんな形で実現していることに驚きます。

そしてその学びが自分の音楽の中に生きて、また呼んでいただくことで生かされている循環に気づきます。

ここに美炎の音楽があったらいいだろうなー。なんて思いついてくれた方々に本当に生かされている。

今回特に、去年ソロで演奏しましたが、ふと、いつもはピアノとドラムと三人で演奏しています。

と演奏中に話したことが、この東花園で馬飼をしているポニー伊藤さんが、それはぜひ三人で弾いてもらいたいと、早速演奏終わった私に、三人呼ぶと幾らなの?

と交渉。

代表さしおいて勝手に来年の出演が決まった瞬間でした。

そしてその通り今年はポニー伊藤プレゼンツで三人での出演かなう。

   
    
   
右端菅谷さん。その隣ポニー伊藤さん。

馬のお尻のところにいるのは、ギター弾き語りのユージさん。

前田さん、ユージさんの弾き語りにも即興で参加。

ユージさんは、私たちの音響、下準備も沢山お手伝いしてくださり、去年に引き続き感謝です。

こちらは日本アルプス一望の舞台。

爽やかな風が気持ちいいコンサートになりました。

馬のいななきつき!

朝起きたらわらわらとヤギが沢山放し飼いになっているのも笑いました。

演奏終わったら、舞台裏にはヤギが。

   
 
こちらの打ち上げ。

オクラの花はニュルッと美味しいのです。

眺めもサイコーなバーベキュー。

   
    
 
そしてポニー伊藤さんは上機嫌でお歌を。

菅谷さんが、こんなに嬉しそうなポニー伊藤は初めてみた。と。

このまま逝っちゃうんじゃないかと本気で心配したそうです。

ポニー伊藤歌う

確か去年は演奏中に缶ビール片手に涙を流してた姿が話題になりました。

そんなポニー伊藤さんが歌うその周りの光景が映画見たいと思って撮りました。

ちなみにポニー伊藤という名前の由来ですけれど、

去年お会いした時に、

木曽馬は絶対他の種とは交わらないんだ。

ポニーは誰とでもやっちゃうんだよね。

どうもポニー伊藤です。

とおっしゃってました。

さてこんなに素晴らしい取り組みを続けている中山東花園ですが、なかなか継続が難しいらしく、こういう取り組みの継続の難しさや、農業の現在など、こちらも知らない事を知ることができて良かったと思う反面、上手くまわるといいなーと思うばかりなのでした。

それでも気持ちが一番大事だなと思います。

現状や結果よりも、気持ちが豊かで心が伴えば、絶対に後悔にはならないからです。

私もそうありたいです。

さあ、旅は終わりです。

この先はどこに進路がさされるのでしょうか。

  

 まとめて5日分- 2017/08/31 -

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三陸5日目。

今日は中休み。

浄土ヶ浜へ。

   
   
とにかく海に来ると、貝だの小石だの流木だのを探すのがやめられない。

そうやって今まで拾った流木や貝殻が家の中でどうしたもんかねと言ってます。

ところで宮島から来ている美紀さんの友人の彼女は、美紀さんって変わってる人ですよねー。とにっこりして私と前田さんに言ってましたが、昨夜から今日にかけて、知る限り、ううむ。

ふと前田さん、車の中で私に、彼女どう思う?と聞くので、うーん。一言で言ったら不思議ちゃん?

と答えると、同じ!そう思ってた!

というので、決定しました。

彼女のいわきにいるお祖父さんは、牛乳の事をモーパイと呼んでたと聞いて、血筋だと思いました。

なんだったかなー。もう一つ不思議ちゃんを裏付けるエピソードがあったのですが、思い出せない。

それから野田へ向かいます。

もう青森はすぐそこ。

なぜだか最果て感が半端ない。

野田の塩ソフトクリームを食べる。

  
濃厚で、塩が余計に濃厚さを産む。

私は軽やかな甘さの山地酪農のソフトクリームの方が好みでした。

苫屋という南部曲がり屋に泊まる。

囲炉裏。 

思う存分火鉢で灰をいじりました。

   
   
全てが煙の匂いになって次の日は釜石へ。

   
   
長根寺さんにて。

おまぶりと言って、檀家さんが持ってきたお菓子を帰りがけにみんなに袋に入れて配る。

これがお守りの役目を果たすのだという。

とってもたくさんもらい、この先の旅の途中、はたまた松本でのお土産にまでなりました。

さてその夜はやはり今橋さんに連れられて田野畑村の二箇所で灯籠流しへ。

雨の中テントを建ててくださり、その中で演奏。

太田さんは雨を思いっきり浴びながらの舞。

宝福寺さんの住職が読経した後に二曲ほど。

   
    
    
    
    
   
夜は再び龍泉寺さんに泊めていただき、次の日はここのお母さんとまた朝ごはんを作って食べました。
岩手三陸ツアー。

太田さんご夫妻はじめ、たくさんの方々にお世話になりました。

ありがとうございました。

岩手三陸、とても身近になりました。

  
17日三陸を出て一路金沢へ。

途中磐越道のあたりで青空。

この旅出てから初のお日様!

嬉しくて前田さんとふたり、わーい!とかあー!とか叫んで窓全開にしてはしゃぎました。

  
面白い雲もみっけ。

金沢の次は滋賀へ。

滋賀では弟のハヤトに会う。

先日インドから帰ってきたばかりのハヤトは、体調大丈夫かしらと思ったけれど、元気そうだ。

学会とかいうので世界中あちこちに行くことがあるらしい。数学の世界、謎すぎる。

よくわからない物理や数学の学者さんたちの集いの後の飲み会に合流。

何を話してもとてもくいついてくる学者さんたちの好奇心バンザイ。

音ってなんですか?とか色々質問してみて、面白かった。

というわけで一気に5日分。

明日は飯田、そして松本へ。

 4日目様々な人に会う- 2017/08/31 -

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4日目

この頃になると、あれ?お日様見てないね〜と車中での会話。

この湾、通ったことあるね〜と、何度もいう。
山田町に移動。

今日は龍泉寺。

津波の時に、避難所、そして遺体安置所にもなったお寺。

こちら岩手三陸のお盆はお盆の期間中毎日お墓まいりするらしい。

松の根元の木を夕方になると玄関の前で炊く。

お墓の前にお鍋に入れて炊く場合もある。

お供えの食べ物も、見たことないようなものが並んでいる。

そんな一年でも一番忙しい時期にお寺でご厄介になる。

ひっきりなしに檀家さんが挨拶に来て、本堂で拝んで、その本堂に少し集まった辺りで、私達の出番。
それを午前中と午後と夜の3回。

お昼はここのお母さんが素麺を茹でてくれた。

シソの葉を細かく刻んだら、だめよ〜シソの葉はね、細かい微塵切りにしなきゃ。

叩いていいのよ。

ものすごく細かくなったシソ。

これがミョウガの細かいのと良く合う。

住職が、お盆のいわれを話してくれた。

そういえばお釈迦様のお弟子のお母さんが地獄にいって、というくだりのその話は、以前深川のお不動さんのお護摩の時にやはり聞いたことがあった。

先祖の霊をお迎えするだけじゃなくて、生きとし生けるもの、全ての霊、精霊だとか、魑魅魍魎なものでもなんでもお迎えする精神なのだそうだ。

本日もアテンドしてくださる今橋さん。

あちこちのお寺に顔がきくと思ったら、在家のお坊さんでもあるらしい。

今橋さんの生き字引ぷりは、度を越すので、それも話が(長いけど)うまい、というか、なんか愛情があるので、入ってくる。

(あ、聞き流してる時もあります。小声)

なので、ものすごく好奇心があり、おそらく、今今橋さんが話しているこのことは、本人が知ったその時に感動をもって、知り得た話なのだろうというのが伝わる。

聞きたい時にはずっと聞いてたいし、そんなに知りたい事でもなかった場合には、ストップボタンがあったらいいのにと思う(失礼な)

そして、この日には今橋さんの同級生のご夫婦が合流。

奥さんが同級生で、旦那さんは先頃東京農大で森林生態を教えていて退職した方という。

なんと。

私は東京農大は二年間在籍していて、中退したのだけれども、ほとんど勉強せずに探検部にいた。

たまに、この仕事をしていて、音大を出たのですか?と聞かれることがあり、いえ、農大でした。

というと、え?とびっくりされる。

最近はそこに、前田さんも農学部の林学出身なんですよー。

と、質問した方はダブルで驚く事になっている。

私は本当は森林生態学がやりたかったのだが、当時バイオが主流で、生態学の先生がいないと言われた。

今回合流する中村幸人先生が、私の在学の頃にいたら、話が違っていたかもしれない。

中村先生にお会いして、なんていうか一言でいうとアイヌの長老?のような風貌。

なんかこの方は知ってる気がする。

と何度も思う。

少しお話しすると、私は探検部にいたということと、中村先生は、探検部の顧問だったということが判明。お互い、やっぱりなと思う。笑

時期がずれているので今回が初対面なんですけど。

今回はこの日限りでしたが、また絶対お会いすることがある気がします。

そしてもう一人合流したのが、西美紀さんの友人。

広島の宮島から来ている。

西美紀さんというのは、6月に前田さんも含めて3人で岩手の遠野に旅した彼女だ。

彼女と私の出会いは、彼女の馬の作品をネットで目にして、メッセージ送った事に端を発する。

長崎の彼女が、三鷹のギャラリーでやるから、遊びに来ませんか?と声をかけてくれたので、会いに行った。

小一時間ほどお茶をした。その時、遠野いいよー。馬好きなら遠野おすすめ。と言ったかもしれない。

次の年やはり三鷹での時に会いにいって、お茶したときに、美紀さんが、遠野に行きたい。一緒に行きましょう。

ちょっとお茶したことがあるくらいの仲でしたが、いきなり一緒に遠野へ行くことに。

ガラス絵作家の児玉房子さんを美紀さんに紹介したいと思った。

またあの山の上の荒川高原牧場へ行きたいと思った。

運転疲れるという下心もあり、前田さんを誘うと、やはり前田さんも去年の遠野の旅がとても心に残っていたとみえて、また行きたいと思ってくれたので、決まった旅だった。

本当はもう一人いたんだけど、そもそも、もう一人行くと言った友人が、遠野へ行く夢をみた!というので、なんか分からんけどそれなら行くか!と、あまり仕事がらみでなく旅に出ることが最近では無いので、少し躊躇していたのだけれど、ならば!

となったわけです。

そしたら、美紀さんが、三鷹のギャラリーのオーナーの知り合いで、最近花巻に移住したご夫婦がいて、その方たちが、泊まってもいいと言ってくださってるらしい。と、

え?三人もいいのかしら?

よく聞くと、舞踏家の方らしい。

どんな踊りの人?ときくと、美紀さんもよく知らないらしく、白塗りでふんどしで踊る人らしい。。

???のまま、3人で岩手への旅に。

このくだりは、6月まで遡っていただきますと、ブログに書いてあります。

ざっというと、荒川高原牧場で、太田さんと初セッション。

それから盛岡の石雲禅寺さんにより、宮沢賢治記念館などまわった旅でした。

奇しくも、五月に亡くなった、遠野在住のガラス絵作家の児玉房子さんと、6月に亡くなった、最後まで宮沢賢治の銀河鉄道の夜の研究を続けていた父の慰霊の旅でもあったように思うけれど、それがこの夏のお盆のツアーに繋がっていたわけです。

長くなっちゃった。

で、美紀さんの友人は、そもそも宮島で画家をしている方の奥様。

とても若くて、いわきが実家ということで、こちらへも足を伸ばしたということでした。

夜には皆さんでワイワイと。

このお寺のお母さんが若い頃に井上靖に会った話など、話が面白く多岐にわたり、今橋さんの柴犬の話などまた面白く、書くと書ききれないので断念。

そういえば、夕方にお寺の境内でひとり電話をしていた時に、坂の下のお寺の門の前にやけにデカイバイクから、デカイ男の人が降りてきて、旅の人かな?とぼんやり見ていると上に上がってきて、あちこち見て回った末に、馬頭琴コンサートの看板を眺めている。

外国の方で、なんとなくロシアの人かなと思った。

電話をしながら、電話が長引いていたので、やっと終わると、とても流暢な日本語で、馬頭琴のコンサートがあるのですか?

この舞踊は暗黒舞踊ですか?

と私も知らないことを聞いてきたので、とにかく夜のライブにお誘いする。

後で太田さんがロシア語でこの方と話していたと聞き、太田さん何者?となりましたが、セルゲイさんというロシアの方も夕飯を一緒に。

東京で仕事をしているという事だったので、またライブなどでお会いできるかなと思いました。

楽しい夜はあっという間に更け

その夜はお寺に泊まらせていただきました。

   
    
    
 

 三日目。田野畑村〜- 2017/08/29 -

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山地酪農

田野畑村。

今橋さんという田野畑村役場に勤めてる方が、この日1日山地酪農や、役場訪問、午後の2公演とアテンドして下さった。

この今橋さん。

何を聞いても答えてくれる。

生き字引。

そして終わらない。

質問をやめなければ、たぶん次の日の夜まで話してくれるだろうと思います。

話は分かりやすいし、何でも知っているし、本当に聞きたければ、本当にずっと質問して聞いていたい。

ただしうっかり聞くと、そんなに聞きたいことじゃなかったなと思うわけです。

田野畑村の役場では今橋さんと村長さんが田野畑村の歴史などいろいろ話をしてくださる。

一揆の話はもうちょっと詳しく聞きたいところでした。

   
 
おいしい田野畑村の飲むヨーグルトをいただいて、次は今橋さん超オススメ!!!

の山地酪農さんへ

まずは道の駅で山地酪農のソフトクリーム。

今橋さんはこの道を通りかかる度に、必ず!必ず寄って売店のおばちゃんと話しながらここのソフトクリーム食べるのだそうです。

  
これがですね、

美味しすぎました。

自然の甘さ。

ふんわりしていて、自然の甘さとコクがある。

でも爽やかで軽くて、なんていうのかな。

新鮮で優しい味のミルクを食べてるみたい。

ストップしなければエンドレスで食べ続けられると思います。

   
 
自然の山の地形をそのまま生かして、日本芝を植え、牛は自然のままに放し飼い。

夕方になると自ら乳を絞られに牛舎へ戻ってくるのだそう。

幸せは自然の美味しい味になるんだなあ。

雨の中少しだけ牧場とお宅に訪問して、時間も無いのでおいとまする。
高校時代の畜産部だった経験と、修学旅行で行った北海道の酪農実習とか色々思い出して、もっといろいろお話聞きたかった。

し、久しぶりに搾乳とかしたくなってしまった。

公民館での公演は、山地酪農のご家族も来てくださり、ツイッターで知り合った方がなんと3時間かけて山越え来てくださったり、あっという間の楽しい時間でした。

太田さんの友人のカメラマンが同行してこの公民館での公演は撮影してくれました。

そちらの写真は今回うまく取り込めなかったので、また何かのおりにご紹介できればと思います。

さて夜。

島越駅にて公演。

津波で流されてしまった駅舎は新しいもの。

駅長さん、村長さん、子供達も来て、

   
 
   
 
演奏の後は太田さんの舞踏も入り

   
 
  
夜は今橋さんがホテルの温泉とお食事に招待してくださり、三陸の味を堪能しました。

そして夜は田野畑村の宝福寺さんにてお泊まりさせていただきました。

こちらの若い住職さんには16日の送り盆でまたお会いする訳ですが、今橋さんより、お寺の歴史を数年分聞きまして、ありがたい気分になり就寝。。

 次の日二日目三陸- 2017/08/29 -

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家を出るときに、満開になったお花。

あら、10日以上居ないのに、咲いちゃったのかと思ったのは束の間、咲いて送り出してくれたのかと嬉しくなる。

というか、これ植えた覚えないのだけれど。。

単に忘れてただけならごめんね。

期待に反して二日目の三陸も雨の音から。

それも止む気配なしのダーダー降り。

ま、どうなるか分からないけれど向かいましょう。

  
朝ごはん。

焼きおにぎり。

お腹あったかくなって出発。

新しくオープンした大船渡の商業施設スペースで行われる大船渡国際芸術祭。

  
私達は、舞踏枠のフリンジ枠で、外の通路や芝生の広場をなんとなく自由に使う感じ。

あいにくの雨なので、お店の軒下の通路で。

  
 
最初は3人で。

それから

  
タップの人と

それから若いダンスグループ

  
そして

  
赤いドレスのおじさん。

  
もはや何だかわからない。

タップは中山貴踏さん。

若いダンスグループは東京舞踊団。

赤いドレスは愛和気さん。

この湿気で電源もなくマイクなしだったので、果たして馬頭琴は鳴ってたか不明ですが、いろんな踊りを見ながら半分お客さんで弾いてた感じの一時でした。

この方はタップの中山さんと息ぴったりでした。

   
    
 
楽しそう。

いいなー。

音が響かないので、早々に半ば諦めて楽しく見ながら、最終的に全員踊ったところで、やみくもに弾いて遊びました。

  
 
メカブにはまったので、メカブも入った三陸丼。

イクラが美味しすぎでした。。

   
三陸駒舎のジンくん。

元々田老の子。

訳あってこちらのお宅に引き取られ、前田の仁(ジン)さんと気が合ったもよう。

いつまでもいつまでも遊んでましたよ。

 
今日もまたぐっすり。

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