馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
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 けっきょく馬- 2017/01/17 -

Category : BLOG

満員電車みたい。

そのくらいぎゅーぎゅー。

想像より小さなところに沢山人が入ったライブを聴きに行った時のこと。

満員電車とか満員のエレベーターとか閉所で人が沢山いるのがとても苦手なんだけど、音楽がはじまったら気にならなくなった。

ブラジル音楽ショーロ。

たまたま日本にきて、もう今日しか聴くチャンスないらしいというので、集まった人達。

とっても自然な感じにはじまって、曲数が重なるうちにどんどんのってくる感じがまた自然で、いつのまにか奏でる独特なリズムにひきよせられる。

あの柔軟で自由で自然で遊びがあるのはブレない身体性と気持ちがあるなだろうなと思った。

馬のことに例えると(え?なんで?馬好きだから。)

馬を知らない時、私はモンゴルの草原でいきなりのったので、とくに教えてくれる人もなく、頭にあるイメージで、そういえば背すじピンとして、リズムに合わせて腰をあげたりさげたりしてたなー。とそんなものをやってみたけれど、

牧民さんは全然そんな乗り方してなくて、みてると、馬の自由な動きに吸いついてるみたいだった。

正確なリズムを刻んでリズム通りにと思ってると、追うのが一生懸命になってしまう。

どうしたら牧民さんみたくのれるんだろう。

あれこれやってみたり、乗れるようになってきて分かったのは、馬の背中で馬と一つになってしまうことだ。

それには腰が据わった状態で、体はぐにゃぐにゃにしておくと、馬の動きに柔らかく合わせながら、リズムはずれずに、ぴったりしておけるから、体が多少おいてかれても、腰は合ってるので落ちない。

音楽も似たような感覚がある。

腰が据わっていれば、どんなに元になるリズムから行ったり来たりしても、一貫したものは確かにあって、行きつ戻りつの遊びを体感しながら、安心感という心地よさがある。

すっごく気持ちいい!

ってなるときは馬も音楽もこんな風にリズムは一貫してなくても芯が一貫していて振れ幅は自由でわざとずらすにしても、ぴったり合わせるにしてもウマく行く時だ。

先に馬にのれるようになったから、なんかそれは良かった気がする。

モンゴルの先生が馬に上手に乗れるようにならないと馬頭琴は上手に弾けるようにならない。といったのは、こんなこともあるのかな。

競馬は競り合うから、こちらが前にでたり、向こうが前にでたり、、行きつ戻りつ競り合いながら、ときにはピッタリと真横に並んでいつまでも同じ動きで並走する時もある。

あの面白さってあるなー。

あくまでも見る競馬でなくて、自分が乗る競馬なんですけどね。

モンゴルの人たちと競争したあの面白さはやっぱり馬のリズムの音楽をひく時に蘇る。

本当に乗らなくても、この文章から少しは伝わるように、想像力があればそれでいいのだと思う。

あ、また馬に乗りたくなってしまった。

一月は新しいCD製作です。

とても素敵な環境で撮れることになったのでとても楽しみ。

新しいメンバーも2人入ります。

写真は馬旅800キロの時の頼もしい相方ヘイダーシ。

  

 まく- 2017/01/02 -

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幕間

次のストーリー展開は全く違う物語のはじまりだ。

一つの話が終わりを告げる。

当たり前だけど、終わらないと次の物語ははじまりようがないのだ。

今の安心感を手放さないで次の冒険はできない。

違うやりかたを試すチャンスだ。

今年の正月はちょっと面白い。

女友達と二人で過ごした。

年は一回り弱違うのに、お互い共通点が多くて話が弾む。

彼女はゲームのキャラクターデザインを3Dで制作したりする、私には分からない世界だけど、フリーで創作活動している点で、いろいろ話が共通する。

私は彼女の描く世界が好きだし、彼女は私の音楽が好きだ。

そんな関係もありがたいなと思う。

仕事で絡むこともある。

彼女の実家が岡山で、私の父が岡山にいたりして、岡山で会うこともある。

考えたら不思議。

彼女の画家であるお母さんにたまたま岡山のカフェで話しかけたのがきっかけなのだ。

東京ではじめて彼女と会った時、あろうことか二人して同じイタリアのユニコーンの手帳を持っていた。

出会いって不思議。

今年は一体誰と出会い、どんな物語がうまれるのかな。

今からもう次の一年を振り返るのが楽しみだ。

楽しみと思えるこの今が幸せだ。

楽しいことばかりではないだろう。

もちろんそれが人生だから。

それでもそこから何を学んで何を生かすかそれがチャレンジだと思えばそれもまた楽しみの一つだ。

まだ見ない道をまだ見ない景色をワクワクしながら進んでいこう。

幕が開けるのを怖いと思うのか、楽しみと思うのか。

  

 クリスマスの思い出- 2016/12/22 -

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幼い時、クリスマスに親戚があつまり、年の近い、いとこ達と最初は遊んでいるのが、そのうちなんかやろうということになり、子供達だけで、劇しようとなぜか毎年そうなった。

何にする?

って毎回その場で考えるんだけど、なぜか考えた結果、3匹のこぶた。

そして、誰が何やるか、それも毎度みんなで考えた結果、毎度私がおおかみ。

全てがアドリブ。

それでも大人たちにはいつも大受けだった。

特にオオカミが鍋に落っこちるところで。

別に笑わせようとしてたわけじゃなかったんだけど。

幼稚園の聖誕劇ではモミの木の役で、木こりに切られて、倒れる音を言いながら倒れてやはり大人たちに受けた。

その後しばらくなぜ笑ったのが不思議だったけど。

それからやっぱり、先日行った山形の高校時代のクリスマスは今でも印象的。

だいたいこの頃には初雪も降り、雰囲気は満点。

クリスマスキャロルで有志が何グループかに分かれて村の家をロウソクを持ってまわり、賛美歌を数曲合唱する。

何しろ山の中の小さな村だから、集落までが遠いし、真っ暗。

そんな中で特にロウソクの灯りが印象的だった。

朝起きると女子寮の部屋のガタガタの木の戸板には、誰だかわからない人作の沢山の小さなクリスマスプレゼントがぶら下がってる。

小さなチョコレート菓子だったり、クッキーだったり、小さな編み物の靴下だったり、小さな包み紙とリボンに彩られて、ピンでそれぞれ止めてある。

誰かこっそりクリスマスまでに作って、みんなが寝静まった頃、一軒一軒のドアの戸板につけていったものだ。それが10個くらいはあったから、毎年10人くらいはそんなことしてたんだなー。

うろ覚えだけど、こっそり夜にお菓子を焼いた記憶があるのだけど、あれはなんのためだったかしら?

もうすぐクリスマス。

そうそう、今年は横浜のとある介護施設に呼んでいただいて、馬頭琴を弾きに行きます。

クリスマスにコンサートです。

コンサートのたびに、私の音楽を聴いてもらうのは最初で最後かもしれないんだよなー。と思います。

仲のいい方のお孫さんが小学校低学年の男の子なんだけど、私の音楽を気に入ってくれていて、それも熱にうなされた時に、何度も何度も繰り返してきいて、寝るんだそうです。

その子はオルゴールも具合悪い時にきくみたいで、私の音楽とオルゴールは同じだと思ってるみたい。

なんだか嬉しい話でした。

クリスマスが楽しみです。

  

 女らしいおじいちゃんと男らしいおばあちゃん- 2016/12/13 -

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歩いて行けるところに老人ホームがある。

カフェがあるので、たまに行ってランチする。

当然だがホームのお年寄りもやってきて、スタッフとお年寄りの会話や、お年寄りの独り言など聞いてて、あーおじいちゃんやおばあちゃんこんな感じだったなーと懐かしくなる。

前にもブログにおじいちゃんおばあちゃんの事を書いたことがあったかな。

おじいちゃんは分かりやすかったなー。

この時代の人ってこんな感じなのかな。

マイペースは度をこして頑固。

夏はこの服。

冬はこの服。

礼服はこれ。

寝るときは浴衣。

コーヒーに白砂糖は7杯。

ティースプーンで70回かき回す。

トーストとお餅は黒くなるほど焦げないとだめ。

タバコはきついやつを1日1本。何度かに分けて吸う。

薬を何種類もカンペンの中に入れていて、ヤクルトで飲む。

飲んだ後の薬のパッケージはペンチで丁寧にたたんでヤクルトの空き瓶の中へ。

車はマニュアル。

後ろをどんなに待たせても、決して焦らずな運転。

家に戻ると今日走った走行距離をロール紙に細かく万年筆で書き留める。

それが終わってから車を降りる。

腕の脇には必ず折りたたんだ新聞。

テレビはNHK。

見てなくても大音量で一日中ついている。

夜中にはプロレスを見る。

ドリフターズ大好き。

私もこっそり二階のおじいちゃんの部屋に行って隣で見ていた。

タッパーの中に歌舞伎揚げが沢山入っていて、テレビ見ながら一緒にかじる。

テレビの音がしないなーと思っているとピアノ弾いてる。

トロイメライ。

ペチカ。

結婚行進曲。

それから幾つか歌う。

みんなのうたからのお気に入りが多い。

私も一緒に歌う。

カセットテープでそれを録音する。

ベルトには歩数計。

必ず散歩。

それもロール紙に歩数をかきつける。

たまに一緒にいく。

家の表の方は団地。

裏の方は畑や田んぼがひろがる。

裏の方の田んぼの道。

カエルの道。

と家族間で呼んでいる。

夏の時期にそこを通る時は必ず車をとめて、ライトを消して、窓をあけて、カエルの大合唱をきく。

散歩の途中、アザミやタンポポや沢山つんで、帰るとおじいちゃんがそれで甘い佃煮を作った。

おじいちゃんにお預かりが多かったので、幼い頃はよく紙粘土で遊んでもらった。

めちゃくちゃ手先が器用だったおじいちゃんは、紙粘土で何でも上手に作ってくれた。

幼稚園をしていたおじいちゃんの得意分野。

寝るときになるとお話をしてくれる。

ほとんど、創作物語。

怖いのからかわいいのまで。

内容は忘れちゃった。

新聞の四コマ漫画を切り取り、束ねてある冊子は何十年分。棚いっぱい。

おじいちゃんの部屋に入り込んで棚の下にしゃがみ込んで、よくサザエさんやいじわる婆さんを読んだ。

声を張り上げて怒ったことがなく、なんとなく女性らしいことが得意でもあり、そうかしらね。おほほほほって笑うような感じ。

青年の頃は美男子で、写真は必ずかっこよくポーズをきめている。

銀ぶら行ってくるといって、何してきたの?ときくと喫茶店でクロワッサンとコーヒーを飲んできたよ。

今はこんな飾り付けがどうのこうのできれいだったなー。

という感じ。

男らしい感じが子供の私にはしなかったのに、今でも不思議なのは、こんなおじいちゃんが、まだ羽田空港しかなくて、写真は白黒の時代に世界一周旅行を一人でしていることだ。

何が一番良かったかきいたら、パリのクロワッサンが本当に美味しかったと目を細める。笑

さてこんなおじいちゃんのパートナーのおばあちゃんはというと、

おじいちゃんが女らしかったら、おばあちゃんは男らしかった。

結婚して子供を産んでから勉強に出かけて資格を取り、おじいちゃんと幼稚園を作った。

山歩きが大好きで、生き物が大好き。

止まったら死んじゃうような人で、家では一日中掃除をしたり片付けたり、庭の草木をいじっていた。

外国にもよく出かけて、あちこちの旅のお土産を親戚中に配っていた。

家の中に入ってきた虫も、庭の蛇ももぐらもなんでも手でつかまえてケースにいれて飼う。

おじいちゃんは、おおヤダ。

こわいなー。と目を細めて笑ってる。

二人ともなくなって10年は経つ。

今だったら聞きたかった事が今はもう聞けない。

 その人が奏でるもの- 2016/12/12 -

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何気なくつけた。

パリのクリスマス。

BSだけは見れるうちのテレビ。

地下鉄ミュージシャン。

質の悪いカラオケでアベマリアを歌う中年の女性。

びっくりした。

あまりに上手で。

なんでこんなところで歌ってるのか不思議だった。

聞いてたら涙がでてきた。

たくさんの人が通り過ぎる。

たった一人で歌う。

立ち止まってじっと聴き入る人もいる。

音楽をやっているせいなのか、性格なのかなんなのか、音楽を聴いて泣くことがめったにない私が泣いたのは本当に久しぶり。

不思議だった。こんなに上手な人はプロの中でもそうはいない。

なのに何一つ着飾らずに多くの人がチラリとも見ずに通り過ぎる中、ただただ心をこめて歌っている。

そのあとテレビは彼女の家へ。

オペラでトップの活躍してをしていた彼女は最愛の母親を亡くしてから、心の病気になって舞台にたてなくなったという。

医者の勧めで、地下鉄で歌うようになった。

そして歌うことで救われるようになった。

ということだった。

あの歌は、それを全部体現していたのだな。

あんな声であんな風に歌える人は、歌うために生まれてきた人だ。

トップで歌い続けてきた人が心折れた時に舞台にたてなくなって、

それでもその歌に自分が救われる。

本当に心をこめて余計なものが一切なく、純粋にある時に、音楽の力は最大限になる。

人として、余計なものが一切なく

という状態は難しいものだ。

ある時にそれができても、次にできるとは限らない。

できた成功体験がまた足かせになったりするのが人だ。

私は今、今の彼女の歌を聴くことができた幸運をおもう。

一足早いクリスマスプレゼント。

それと手回しオルガンを回しながら街頭で歌を歌うおじさん。

奥さんと二人暮らし。

クリスマスに何を歌うか、二人でいろいろ考えている。

クリスマスに最愛の人と一緒にいれない人のために曲を選ぶのだという。

そして、お互いがクリスマスのプレゼントは、最愛の人が一緒にクリスマスを過ごせることだ。

だから幸せだと言っていた。

あのお話しみたい。

えーとクリスマスの贈り物
だったかな?

確かこの前に音楽で泣いたのは山形の母校へ行った時。

5年くらい前のこと。

村の人の有志の合唱団がうたった歌で。

私が卒業した高校は、基督教独立学園といって、山形の豪雪地帯の山あいにある日本一小さな高校。

そこの卒業生の村の人の合唱だった。

上手か。

というと上手ではなく、下手でもないのだけど、この山奥にくらしていて、土と共に生きてる人たち。

そういうのやっぱり全部音楽にでてくるな。

と思う。

つい先日、この山形の母校へ、ピアノの竹井美子さんとドラムの前田仁さんと三人で行く。

このお二方には今年あちこちに遠出願っていて、新幹線でGO!じゃないのが、本当に申し訳ないと思いつつ。

スタッドレスタイヤにしておいてよかった。

峠を越えトンネルを抜けたらそこは雪国だった。。

久しぶりに賛美歌を歌った。

賛美歌の和音とメロディーを聞いていると、ほっとする。

それにとてもメロディーが自然で歌いやすい。

ここにくるといともたやすく心は高校時代に戻る。

あの頃、真冬でも裸足だった。

かじかむ指先のまま、鍵盤で賛美歌の和音をなぞりながら、夜の自由時間に教室で歌った。

時には一人で。時には友人と。

パイプオルガンの音色は冬の朝、外は3メートルもの積雪で、それでも日が差して、講堂の高い窓から日が斜めに差してくる。

その冬の光のスジとパイプオルガンの音色は同じだった。

あの時の空気の匂いも思い出せる。

パイプオルガンの音色と一緒になってる。

豪雪地帯の山あいの冬の景色は私にはこの世のものではなかった。

あそこに長年暮らす人にはまた別のものだろうけれど、3年間しかいない私には、毎朝の景色も、夜の星の光が雪に写るんじゃないかという景色もこの世のものではないくらい美しく見えた。

カンジキを履いて雪の中を歩き回ることは慣れても、車の運転が怖いので、冬にくるのを避けていたけれど、あの景色をまた見たくなった。

新しくなった学園の講堂で、パイプオルガンの音色と馬頭琴をかさねたときに、ひっそりと冬の冷たい空気と、深い夜の空気と、星が澄んで見える空気がぜんぶぜんぶ講堂を包んでいるのがわかる。

その中で、携帯もテレビもゲームも受験勉強もなく、朝早くから牛の世話をしたり、みんなでご飯を作って食べて、コーラスをして、祈って、そんな生活をしている若い人達と、先生方とが、ある意味数少ない娯楽であろうこのコンサートに耳を傾けてくれている。

そんなものがぜんぶその日の音楽会にあった。

私の音楽の原点は幼い頃におじいちゃんがピアノを弾いて、それに合わせて歌ったり、バイオリン弾いたりした延長線上にこの学園がある。

ここで弾くと、自分の原点を思い出して、初心にかえることができる。

その人にはその人にしか奏でられない音楽がある。

   

    
 

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