2019
真っ暗闇が好き。
真っ暗闇が怖い。
わざわざすべての明かりを消して真っ暗闇に沈むようにしている時がある。
かと思えば、本当に真っ暗闇で息ができないような気がして恐怖に襲われる時もある。
今日見た映画は「炭鉱(やま)に生きる」萩原吉弘監督。
カンテラの明かりが消えてしまったときの言いようのない怖さについて少年時代の炭鉱での経験を語っている人がいた。
凝らしても凝らしても目が慣れない真っ暗闇では、右も左も上も下もなくなり、出口のわからない永遠に閉じ込められてしまうのではないかというような恐怖におののく瞬間がある。
ましてや炭鉱ではすぐそこに死がある事故が常に起こる。
過酷な労働だけではない死と隣り合わせの労働。
その中で一番印象に残ったのは、男の人達が掘り出した石炭を運び出す女の人達の労働だ。
そういえば鋸山に登った時にも、切り出した重い石を山から降ろしたのは女の人達で、降ろす時に事故に巻き込まれたのが印象に残ったのだが、二百キロにもなるものを狭い坑道で押して歩き、一歩でも踏み間違えばその重さに自分が轢かれてしまう大事故。
自分だけではなく、他の人も巻き込まれてしまう。
そんな日常茶飯事。
運命共同体の中で互いを思いやる人情。
その過酷さと、それゆえの人の暖かさなども感じた映画だったが、見終わった後で、炭鉱の展示の中に衝撃的な文章を見つけた。
炭鉱の記録文学作家の上野英信の展示だったのだが、
彼の書いたものの中から引用されているある女坑夫の呟き。
生まれ変わったら何になりたいかという他愛のないお喋りの問いかけに、「誰かが重い荷ば曳かんとならんとなら、あたしゃ、やっぱり、馬になって荷ば曳きたかよ」
え?
と思った。
映画の中では馬の描写もあった。
馬一頭に3トンもの石炭をひかせた。
真っ暗闇の中、炭鉱からやっと外に出られた時に、馬がいつまでもいつまでもいなないていたのを、切なく見ていた少年の記憶。
生きて出てこられたという馬の悦び。
それを見て切なくて涙が出たという当時少年だった人の話。
馬は過酷な労働に駆り出された存在。
本来は自由な存在なのに、人に使われて酷使される。
一方炭鉱で働く女性は生活のために自ら石炭を運ぶ。
しかしそうしなければならない理由がある。
生まれ変われるのなら、その境遇から脱したいというのが自然な想いではないのか。
というのが覆された。
誰かがやらないといけない事なら自分がまたやる。
過酷な労働と死につながる事故だけではない。
炭鉱で働く人達への差別。
権力や資本が仕組んだ差別政策の中で差別にさらされ続けた人が「この世のどこかに差別があり、差別の重荷にあえぐ人がいるかぎり、自分もやはり生まれかわってでもまたその差別の重荷を引きつづけなければならない」
思わずその文章の前で立ちすくんでしまった。
何度も何度も読み返す。
間違いではなく、生まれ変わったらまたこの重荷を背負いたい。
と言っているのだ。
美しい心とはこのような強い心なのだろう。
苦しい生活をしている人、差別を受けている人、本当に弱い人達とは誰の事なのだろうか。
本当に傷ついている人達とは誰の事なのだろうか。
人を傷つける人というのが最も傷ついている人ではないのか。
今社会に起こっている様々なことが頭をよぎる。
最近も、維新の党の長谷川さんが差別されている人達に対して投げつけた言葉。
その言葉は果たして刃となって、この女坑夫を斬りつけただろうか?
きっとかすりもせずにその刃はいつか長谷川さん自身に戻るだけだろう。
今日この言葉に出会えたお陰でそう思える。
つい先日の川崎登戸で起こってしまった悲しい殺傷事件。
今朝幼稚園で馬頭琴の演奏をした。
子供たちは屈託無く沢山笑い、音楽を楽しんだ。
園長先生が、終わった後片付けをしている私達に言った。
今日私はとても気持ちがブルーだったの。
音楽を聴くうちにとても元気になった。
音楽っていいわね。
私達は回復することができる。
回復する術をもち、それを知っている。
殺傷事件を起こした犯人は自ら死んでしまった。
彼は沢山の人を傷つけたが、本当に弱く、最も傷つけられた人とは誰だったのか。
この世の中で一番弱い人とはどんな存在なのか。
一番傷ついている人とは誰の事なのか。
それを考えさせられた1日だった。
萩原吉弘監督との思い出がある。
だいぶ前の話。
監督は私の高校時代に在学していた山形の学校を訪ねてこられた。映画「あらかわ」の撮影中で、当時私はダム問題に関心を持っていて、社会の授業の学習の中で村の人たちに聞いて回った話を元に書いた論文をどこかの新聞社が記事にしたのを読んで私に会いたいという事だった。
私はちょうどロバに乗って村を散歩していた。あれが君だったんだね。という事で色々話をして、後に何度か手紙のやり取りもした。
あなたは何か文化的な表現をするのに向いていると思うよ。と言われた事がずっと頭にあった。今こうして音楽をやっていて、久しぶりに便りをしたところ、監督は亡くなっていた。代わりに返事をくれたシグマの佐々木さんから今回の映画の案内をいただいた。
誰かの想い。それを知る事で誰かに伝えたい。音楽もまた同じ。それを再び思い直した日になった。
2019
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撮影 Yuki Iwasawa
2019
天窓がガタガタ音を立てる音で目覚めた。
ダブリンを朝出てから3日目の朝。
白い空は寒そうだ。
雨が降っている。
明日はダブリンに戻る。
だから今日スライゴーに南下して、着いたら女王の山に登りたい。
残念な気持ちにならない。なぜかまたちょうど良く晴れるんだろうくらいにどこか思ってる。
朝ごはんをたっぷり食べて出発。
レンタカーの旅はスケジュールを本当にその日その時の流れで自由にできるのが魅力だ。
ユキさんは車の教官をしていたことがある。
オートマなのに、ゆるゆると坂道の多いアイルランドの田舎道で巧みにレバーシフトしていた。
アイルランドはイギリス同様、日本と同じ左車線でキロメートルの標識なので運転しやすい。
そして交差点はほぼラウンドアバウト。
渦巻きのように十字路がまわっていて、そこに左から合流して流れに乗り、出たい道で出る。
三時間の行程で運転中ほぼノンストップ。
ストレスがほんと少ない。
田舎道はどこも100キロで飛ばせる。
町に入ってくると50キロ制限になり、途端に前の車がスピードを落としたなと思うと、50キロ制限エリアに入ったということだ。
町を抜けるとまた途端に100キロで飛ばす。
不思議だったのは、日本の田舎だと現地の年配の方の運転でゆっくりした車がいて列になったりするのが一度もなかった。
みんなきっちり100キロで飛ばす。
1時間も走ると晴れてきた。
思わず二人で笑う。
南下しながら、ベンブルベンの山が見えてくる。
男山。
対して今日登るのが女山の女王の山と呼ばれているノックナリー山。
夕方にはやはり天気が崩れるらしいので、とりあえず雨に降られずに女王の山には登れそうだ。
まずは宿のあるストランドヒル海岸へ。
ナオコさんオススメのカフェへ。
アイルランドの伝統パン、ソーダブレッドがある。
私は今日のスープ(ソーダブレッド付き)と自家製レモネードソーダ。
ユキさんはフィッシュ&チップス。
今日のスープは濃くのある優しい味のオニオンスープ。
フィッシュ&チップスはイギリスで食べたのよりかなり美味しかった。
毎度ケーキが美味しそうなのに、食事でお腹いっぱいになるので、この旅を通してケーキまで辿り着けなかった。
女王の山は海辺にあり、このストランドヒルから見上げればある。
登山道はちょうど裏手のようだ。
ダブリンの夜、パブで飲んだピーターはこの女王の山のマラソン大会で上まで走ったと言っていた。
山の中腹まで車で行けるらしい。
エリガル山が思いのほかきつかったので、今日は全くのハイキング気分。
ただ、聞いていたように中腹まで行けるのではなく、裾野の中腹といったほうがいいかな。
やっぱり、最後は汗だく。
山頂には先史時代の古墳がある。
伝説では甲冑を着たままのメイヴ女王が眠っているという。
できることならこの山頂で小一時間くらいぼーっとしていたかったのだが、少し雲が多くなってきて、汗が引いて風が冷たく感じる。
この後は妖精の谷にいって写真撮ろうと思っていたので、雨が降らないようにと思いながら山を降りる。
地元の人もあまり知らない知る人ぞ知る妖精の谷。
白い井戸が目印。
もちろん看板もなく、駐車場もなく、道は細く、行き過ぎてから、今白い井戸があった!
バックしてなんとか車を停め、えー!
ここ?
ここから入って谷があるの??
女王の山の裾野部分ですぐ先には海がある。
たしかに小さな森のようなものは見えるが、とても大きな谷があるようには見えない。
まさにトトロの小道。
その小道を行くと、明るくかわいい森の小さなトンネルが続き、充分素敵なので、ユキさんがしきりに、ここもいいよ!
ここも素敵な写真が撮れそう!
と目を輝かせる。
私はこのもっと先にきっともっと谷らしいのがあるんだろうと、ずんずん進む。
トンネルの小道から少し雑木林になって、道がなくなり、それでも木の下をくぐって抜けると、本当に谷のホールがあった。
15メートルほどの高さの岩壁が両側にそそりたち、長い長い蔦がカーテンのように垂れ下がっている。
そのホールの合間には大きな木が高く並んでいて、よく見ると岩壁は石積みのようにブロックになっているので、城の城壁か?と思ってしまう。
逆にこれをこのように積み上げるのは無理だろうと思う。
空は晴れている。
でも深い森のようにここは岩壁と大きな木陰で覆われている。
更にホールの奥まで行くと、大きな木が倒れていた。
裸足になって着替えて木に登る。
ユキさんと二人でここは?ここは?といいながら撮った写真。
その中から景色が分かるものをいくつかご紹介。
それできっとこの谷の全体像がおぼろげながら分かるかもしれない。
写真をる撮り終えた頃に背の高いリュックを背負った男性が二人やってきた。
地質学者らしく、この岩壁の谷は本当にすごく貴重な場所なんだと説明して、更に谷の奥に入っていった。
地元の人も知らないというのがすごいな。
そのくらい隠れた場所にあるのは間違いない。
ここのあたりにあるだろうと、知っていても上から見て、全く想像つかなかったのだから。
大満足で妖精の谷を出る。
そこからノックナリー山をぐるりと一回りする形で宿へ。
宿の隣にシーフードレストランがあるではないか!
オイスターって書いてある!
私の希望の生牡蠣とユキさん希望のムール貝にありつけるかも!
部屋で荷物を解いてからゆっくりと出向くと店は満杯。
ギリギリ入れて席に着く。
生牡蠣が六つで11ユーロ。
ムール貝は幾らか忘れたが山盛り。
ピーターのアドバイスに従ってギネスのハーフパイントを。
それをバケットと共に食べ尽くし、生牡蠣もう一皿。
もう幸せ。
お店のお姉さんが、え?それだけ?というリアクションだった。笑
鮭のムニエルも迷いに迷ったが、もう腹いっぱいでした。
旅に出ると胃袋もう一つ欲しいと毎度思う。
隣の宿にそのまま帰る気にならず、夕陽散歩。
宿はキッチンがついており、ここに後2泊ぐらいできたら最高だったなと思う。
いや、すぐ隣の生牡蠣を食べに通ってしまうだろうな。
ユキさんがシャワーを浴びてる間に、この窓辺に座り込み、馬が草を食んでいるシルエットを眺めていた。
この旅を思い出しているとメロディーが浮かんできた。
虹と共にいた崖の上、エリガル山のてっぺんから見た谷の風景。
つい昨日、一昨日の事なのにもうだいぶ前のような気がする。
歌いながらそんな風景を思い浮かべていた。
続く
2019
日没が夜9時ごろと分かって、アラームもかけずに目覚めた時間が起床時間。
ゆっくりアイルランドブレックファーストを下の階の部屋で食べる。
羊が草を食んでいるのが見える。
アイルランドを観光しているのはアメリカの人が多いのかなという勝手な想像。
先祖の故郷を見てみたいというような感じなのかしらと。
イングリッシュブレックファーストと何が違うのかよく分からないが、なんたらソーダというパンがアイルランド伝統のパンらしい。
昨晩のスーパーの買い物でそれを見つけて買って食べた。
食べたことの無い独特の風味があり、ふわふわというより、しっとりどっしりという感じで腹持ちがいい。
小さな黒いケシのみのような粒や、ナッツなども入っている。
この風味は何かハーブでも入っているか、発酵が独特なのか。
この旅ですでにやみつきになり、メニューにあると頼んで食べる。
帰る前日のスーパーではこのどっしりした伝統的なパンを買って帰るか迷ったが、すぐ車で山形に行く事を考えれば、山形はいつでも食べ切れないほどの料理が並ぶので、そこにこのパンが入る余地はないなと諦めた。
これを朝に食べて、昨日の残りのスーパーで買ったものをサンドイッチにして林檎と持って出れば充分だと思う。
結局この朝食べた食事で全く腹は空かず、山を降りて午後2時過ぎにせっかくあるから食べようかと、車の中で持っていったサンドイッチを食べた。
今日はまたここに一泊するので荷物をほぼ置いて、りんごとサンドイッチと雨合羽とカメラと水だけ持って出る。
雨を覚悟していたので登山用のかなりしっかりしたものを持ったのだが、こうくるくる天候が変わるのでは、降ってもまたすぐやむのかもしれない。
もっと手軽な雨具でいいのかもしれないと思う。
エリガル山は独立峰で木もないし、ゆっくり登っても往復2.3時間である事を思えば、途中雨に打たれても雨をある程度はじく上着を着ているし、車までは迷わず帰れるだろうと思い、結局この雨合羽もなんだか重くて車に置いていった。
宿のあるスリーブリーグは600メートルを超える断崖絶壁が欧州一の高さであり、景勝地として有名な場所だが、そこを外れるとのどかな牧草地が広がる景色で、小さな道を小さな丘の波を越えて車を走らせると、可愛いお家があちこちに点在していて、どの家もドアがカラフルで花が咲き乱れている。
そんな中、5月頭のアイルランドに咲いている花はハリエニシダとサンザシとガイドブックにあった。
ハリエニシダは、ゴツゴツした藪に真っ黄色な花がわんさか咲いていて、群生しているところが沢山あった。
なんとこの花は油分が多いため、発火して火事になる事もあるらしい。
ユキさんが、聞いた事もない面白い名前だね! どうしてもハリエ西田さんって聞こえるんだけど。と言って笑った。
西田さんいっぱいいるね〜とハリエニシダの群生があるたびに言うので、こちらもエニシダにハリのあるもの。というニュアンスで耳に聴こえていたのが、いつのまにか、ハリエ西田さんに聞こえてきた。
ドネゴール近辺もエリガル山の他に行ってみたい所の一つとして風の谷があった。
でものんびりと出たので、いくら夜9時まで明るくてもなんとなくまだ昼過ぎて山に登るなんて考えられないと思ってしまうのと、夕方から天気が崩れそうだと聞いていたから、帰り道に寄れたら寄ると思っていた。
点在する可愛いお家がいつのまにか無くなり、緑の草原から何も生えていない荒涼とした土地がうねうねと広がるエリアをどんどん車で走る。
私がイメージしていたアイルランドだ。
なぜこんな荒涼とした土地に惹かれるのかわからない。
丘を登って少しまた緑の土地になってきたなーと思ったら素敵な谷に出た。
おや?これはもしかして行きたいと思っていた風の谷か?
そうらしい。
通り道だった。
風の谷の上で話をしてる声がすでに響いているのがわかる。
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更にこの谷を降りて北へ向かう。
ほとんど北の端まで行くとエンヤの実家で経営しているバーがあり、そこから小一時間のところにエリガル山がある。
まずはもちろんエリガル山を目指す。
なんかちらほらとうねる山並みのはるか向こうにエリガル山らしき頭の先が見える。
なんか高くない?
だんだん近くにつれ、エリガル山はあれだとはっきりしてくるのだが、ハッキリしてくればしてくるほど思ってたより高く見えて急斜面に見える。
細かい瓦礫の山とも見えて、あの急斜面で瓦礫だと滑らない??
と思う。
登山道があるのかもよく分からず、とにかく近くへ。
アイルランドに行くと急に決めてから、すぐにアイルランドを検索していた時に都内でアイリッシュミュージックのコンサートがある事を知ってチケットを取る。
その時に誘ったのが今回の旅のパートナーであるユキさん。
いくいくー!でもなんでアイルランド音楽?って聞くので、アイルランドに行くから!というと、私も行きたいなー五月の連休なら今年は10連休だからいける!と言われてすぐに飛行機のチケットをおさえたのだった。
今までアメリカやイタリア、イギリスやハワイのカウアイ島などもだいたい10万前後でチケットをとっているので五月の連休のお値段が心配だったが、まだ巷で10連休が話題になる前だったからか、その値段でとれた。
そしてコンサートに行くと、アイルランド物販ブースがあり、のぞいてみるとガイドブックがあって、その著者のナオコさんに会えて、見所を直接聞くことができたのだった。
アルタンというバンドがドネゴールにある湖の名前からとっていて、ドネゴール地方の民謡を演奏するということで、そのうちの一曲はどうも何処かで聞いたことがある曲だった。
地図を見ていてそのアルタン湖がエリガル山の麓にあると知る。
アルタンのCDジャケットがエリガル山を望む廃墟から撮っていたので、その廃墟もどこにあるんだろうね、とユキさんと話していた。
いよいよエリガル山に近づき、ふと脇をみるとあれじゃない?という廃墟がチラリと見える。
山を降りたら後で行ってみよう!となり、山の登り口みたいのはどこだろうね?と言いながらしばらく行くと、小さな駐車場があり、そこから登るらしかった。
駐車場からとにかく一番てっぺんを目指せばいいだけなのは分かるが、やはり登山道はなかった。
窪みはぐちゃぐちゃしていてぬかるんでいるので、それを避けながら細かく迂回してるだけで、なんとなく体力を使う。
やっとぬかるみエリアを抜けて、斜面を登り始めると大きな瓦礫がゴロゴロしている。
キラキラ光った水晶のような石や大理石のような石がゴロゴロしている。
エリガル山のエリガルというのは昔ギリシャ人が登って名付けた名前らしく、祈りという意味だそうだ。
ドネゴールに惹かれたのもこのエリガル山に惹かれたのも何かご縁だろうなと思わずにはいられない。
しかし、全く体を鍛えていない私は一番高いところまで行けるのか?半ば半信半疑で登っていた。
それでも独立峰であり、この辺りで一番高い山だから、てっぺんからの景色が見たい一心だ。
いや、ちょっとまって。
私はこうみえて高所恐怖症だ。
今まで撮ってきた写真。たしかに山の上だったり、どこの崖ですか?というビューから撮ってますが、撮影となると仕事モードになるのか、あまり怖くなくなるのだが、それが終わると急に腰がひけて、何ここ、むり。
となる。
学生の頃していた登山も、たまに巡り会うクラクラする場所はそんなに多くないし、むしろビルとか橋の上とかの方が怖い。
マンションの上の階のベランダとか、階段とか、少しでも隙間があるとそっから自分が落ちると思って足がすくむ。
実家の近所の高速道路の陸橋の網目からいつか自分が吸い込まれて落ちるに違いないと、本当にわずかな切れ目が怖くて三輪車で渡るのによほどの勇気がいった思い出がある。
頂上のあたりが、遠くから見た感じ、もしかして怖いやつ?っていうのが頭をかすめるが、三日月型のアルタン湖が見たいし、周りがどうなってるのかやっぱり知りたい。
途中まではまあ良かったが、半分から上が急に急斜面になってきて、瓦礫も細かくなるので、きっちり足を置かないとずるっとすべる。
そこで断念したオーストラリアからの夫婦がいた。
2.3時間のハイキングルート的な登山なので、みんなほぼ何も持たないで登っている。
途中の眺めも充分圧巻で、ふと我に帰ると怖くなりそうだが、素晴らしいという思いの方がまだ勝る。
それでもだんだん上に行くにつれて、ここで足を踏み外したらやばそうな箇所だらけになってくる。
ふと下からアップテンポで登ってくる杖をついた二人のおじいちゃん。
え?なんでそんなテンポ早いの?
あっという間に追いつかれる。
そして歌まで歌ってる。
はーい!
登るの初めてかい?それはおめでとう!
なんと日本から!
私はもう160回この山に登ってるよ!
65歳と75歳のおじいちゃん。
僕たちが行くルートをよく見ていて。
と右巻きに行くルートを行く。
そして何か、恐竜の巣のようなものがあった。
下の方に後で行こうと話していた廃墟のお城だと思っていたが、教会が見える。
上の湖が三日月型のアルタン湖。
下の湖はその反対にある、廃墟の教会のほとりの湖。
この谷がとても気に入った。
川筋が廃墟の教会の脇と小さな村を通って先の湖に注いでいる。
村の名前と谷の名前と結局分からずじまいだったが、この谷にはいかにも伝説とかがありそうだ。
恐竜の巣はこの谷に向かってあるので、本当にプテラノドンがここを飛び立って谷に行きそうな景色だよ。
いつまでもここでぼーっとしたかったが、時折吹く風が強く、吹き飛ばされたらかなり怖い場所。
やはり一番見晴らしもいいが、足がすくむ。
こういうところでジャンプしたりする人の気が知れない。
風が冷たくて少し雲が出てきた。
おじいちゃん達が、もうすぐ雨が降るから頂上でのんびりしてたらダメだよと言った。
のんびりなんてできない。
怖いんだもの。
スリルも増すが、エリガル山だけが三角にそびえているお陰でこれだけの眺望が楽しめる。
さて下ろう。
ずり落ちる瓦礫の斜面は神経を使う。
これ、スキーのくだりだと思って思い切って足に体重かけちゃう方がいいね。と若い頃はスキー狂いだったというユキさんが止まらないーといいながら斜面を降りる。
テンポ良く下るともういつのまにかぬかるみ地帯。
上から見ると、ぬかるみの少ないエリアがなんとなく分かるので、そこを早足でいく。
ふとポツンとちいさな雨粒があたる。
あ、雨だよ!
と言うと二人でまだこんなに早く走る体力があったのか。というほどのダッシュで車を目指す。
走る勢いに合わせるかのように急に雨足が強くなり、そのままの勢いで車に転がり込み、ドアを閉めた途端猛烈な豪雨。
なにこれ。
と笑ってしまった。 汗と雨でズボンが足に張り付いて気持ち悪い。
それでも3分ほどするとまた雨が急に止んだ。
では廃墟の方に行ってみようと車を出す。
その辺りにはハリエニシダさんが沢山いて、何ともいえないココナッツのような甘い香りが漂う。
ハリエニシダさんってこんな甘い香りだったのね。
この教会は日本では江戸時代の最期のあたりか、旦那さんが亡くなった記念に奥さんが建てた教会だそうだ。
建物の石は湖の底の石やエリガル山の石だそうだ。
塔の上に鳥の巣があって、ひなの鳴き声と親鳥の鳴き声がした。
昨日ドネゴールへ行く道の途中に撮影したちいさなお城の廃墟とは雰囲気が違う。
冷たい風が穏やかに吹き始めて冷えてきたので車に戻ってサンドイッチを食べる。
ドネゴールのチーズとサラミとソーダパンのシンプルなサンドイッチ。
麺だけ。とかパンだけ。とかご飯だけ。
という食事が続いても全然大丈夫な人なので、だいたいどこの国でも食べ物で暗い気持ちになることはない。
そこの国ではそこの国のものを飽きずに美味しく食べれる。
そういえば、プリンセスクルーズに演奏で二回、9日間ほど乗った時は食事に飽きた。
なぜかというと毎度レストランのフルコースが食べ放題だったからだ。
ご馳走というのは飽きる。
欧米ではサンドイッチは間違いなく美味しく安い。
あとアイルランドで重宝したメニューは今日のスープというお品書きだ。
サンドイッチ以外のメニューを頼むのには少し勇気がいる。
ものすごい量が出てきたりするからだ。
でも何かあったかいものが食べたいなという時に今日のスープは野菜とお肉のスープとあのアイルランドのソーダパンが添えられてきて、こちらの人は前菜として頼むのかもしれないが、私達にはこれがちょうど良かった。
ユキさんが持っていたアマゾンミュージックでアイルランドといえばという曲たちを聞こうと、アルタンやエンヤなどを選曲して聴きながら、そろそろ行こうかとなった。
帰りは行きとは違うコースで行こう!
と車が走りはじめると、さっきまで青空も垣間見れてていたが、すっかり雲がかかり雨が降り出した。
降りはじめると止む様子のない雨は空も景色もみんな白くしてしまって、冬に逆戻りしたような天気だ。
それでも久しぶりに使った体力と、山の景色などに体も心も満タンになり、ただだだ宿に帰るだけだった。
1時間も行った頃か、どちらからともなく、エンヤのバーに行くの忘れた。と言った。
え!?
えーっ!!
さっきエンヤ聞いてたじゃん私達。
完全に忘れてたね。
という事になる。
でも私は全然平気だった。
ちょうどアイルランドへ行く前々日、エンヤの特集番組を見た。
実家のバーが出てきて、すっかり私は行った気になり、もういいか。って気持ちの方が大きかったようだ。
そして今日はもうこれで充分だった。
外はすっかり冷たい雨で、サンドイッチのせいかあまりお腹すいていなかったが、何か暖かいものを食べたくなった。
まだシーフードにありついてないね。
私のお目当ての生牡蠣とユキさんお目当てのムール貝。
宿の方面にある海辺の町にシーフードレストランありそうだよね。
と目指す。 そんな看板があったので、入る。
牡蠣とムール貝はなかった。
でも食べたいと思ったのはシーフードチャウダーだった。
今日のシーフードチャウダー。
ソーダパン添え。
こってりしていて濃厚なシーフードの出汁がきいている。
最後は食べきれないほどたっぷりだった。
宿についてひたすらねむる。
止みそうにない冷たい雨はそろそろ魔法が切れて明日は1日中雨かもしれないなんて思う。
それでも全然悲しくはない。それほど素敵な田舎での2日間だったので、もう何もなくても文句はない。
明日はスライゴーに移動だ。
2019
時刻は6時過ぎていたと思うから、もう日が暮れるかなと思いながら山の上へ。
スリーブリーグ。
6百メートルほどの断崖絶壁は欧州一と言われている。
その名所に一番近い宿を目指す。
グーグルマップはまだ先、まだ先を案内する。
ゲートがあった。
アイルランドのガイドブックを書いたナオコさんから直接このゲートを更に進んでいくと信じられない景色に出会えると聞いていた。
ゲートの前には駐車場があり、数台の車がとまっていて、そこから歩いて行く人達が更に上に行くのであろう。
果たしてこの先に本当に宿があるのか?
何度か確かめたが、ナビは更に上に行けと言うとる。
このゲートの中に車で行ってもいいのか?
帰ってきた車が一台ゲートを開けて出てきた。
とりあえず行っても良さそうだ。
ゲートの先はナオコさんが言ったように確かに別世界だ。
ここを車で行けるの?というような道をいく。
もうおそらくこの先には宿なんて絶対無いだろうとはわかっているが、この先のどこかにたどり着くまでは行かなきゃ。
小さな駐車場があり、車をとめる。
すごいね。
この景色。
写真撮ろうよ。
うん。
遊歩道と柵のある方は人もちらほらいるから、そこより山側の小高い丘の方で撮ろうか。
ミラクルには続きがあったんだなーとぼんやり思いながら。
ドイツ人のおじいさんが一眼レフのカメラを構えながら私たちに気がついて遠巻きに私の写真を撮りにきた。
そしてそのまま後ろの小さな茂みの中にスローモーションでひっくり返った。
スローモーションだったので、怪我はなさそうだったが、おじいさんだし、ゆきさんが駆けつける。
腰が抜けたのか、なかなか立ち上がれなくて、ユキさんが苦労して起こすと、ドイツ訛りだったらしく、大きな声でユキさんがドイツ語でシューベルトの野ばらを歌いだすと、おじいさんも喜んで大きな声で歌い出した。
転んだ後にこんな絶景で大きな声で野ばらを歌ってる二人がなんだかおかしく、かわいかった。
流石にそろそろ陽が暮れるかなと思っていると、ビューポイントと反対の方にうっすらと虹の端が出た。
ビューポイント、つまり海の方を眺めている人達は全く気づいてなかったが、ユキさんに虹と撮ってもらった。
羊の親子が虹の方にのそのそ歩いて行って、写真に写りこむのが面白かった。
すぐに消えてしまうだろうからと、二人で夢中で撮影した。
そのうち虹が大きなアーチになって、ずっとそこにあった。
ありとあらゆる構図で撮ってみたが、何を撮っても素敵だったし、何を撮っても撮りきれなかった。
それでもまだなかなか陽は沈まない。
もう充分だね。
真っ暗になったら道が怖くなるから戻ることにする。
宿はゲートに戻ってしばらく下ったところにあった。そういえばここ通ったし、私はこのゲストハウスの看板を何気なく見ていたのに。
新しくきれいな宿でオーナーが二階の部屋を案内してくれる。
この天窓からは星が見えるよ。
ここには2泊の予定だったから、明日はどこへ行くんだい?と聞かれた。
えーと、山登り!
山の名前が思い出せなくて、ドネゴールの山。
としか言えないでいると、この山かい?
とベットの上に飾ってある写真を指差した。
あ!
これです!
エリガル山。
同じドネゴールにあるとはいえ、結構この宿からは離れているのだが、一目見て気に入ったこの山の形ははっきり分かる。
素晴らしいね。
楽しんで。
夜はベットで買ってきたチーズやパンやサラミや果物をワインとつまみながらもう何が一体ミラクルなのか分からんというようなお腹いっぱい感があったが幸せだった。
ユキさんがシャワーを浴びている間に写真を見返していて眠くなったので小さなあかりにして横になる。
ユキさんが出てきて寝る支度をするとベットに横になってあかりを消した。
ほどなく、ミホさん!!!
星!星がやばい!!
ユキさんの真上にあった天窓から満天の星だった。
窓を開けて冷たい空気に顔をうずめながらしばし星空を眺める。
明日も素晴らしい1日になるに違いない。