馬頭琴奏者 / 美炎 miho 公式サイト
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 昨日の宿題〜夢のつづき〜- 2016/02/03 -

Category : BLOG

昨日の宿題なんでその質問にちゃんと答えられなかったか。

ちょっと考えてみました。

要するにすごく気になってるのです。

私自身がね。

本当は、そうだよ。この話。本当だよ。

私は信じてる。
本当はそう言いたかったんです。

なんでかというと、

自分は物心ついた頃から馬が好きだった。

理由はわかりませんでした。

恋い焦がれるほどに大好きなんだけど、同時に胸が痛い。

だから幼い頃はこっそり、よく通るお稲荷さんにそっと手を合わせて、私に馬をください。とお祈りしていました。

スーホの白い馬を2年生の時に授業で習ったときは、悲しすぎて嫌いだった。

授業中、わからないように耳を塞いでた。

すこし大きくなっても、馬が好き!って人に言えないでいた。

それさえなぜだかわからなかったのだけど。

馬と共に生きる人達のいる、モンゴルにどうしても行ってみたかった。

馬頭琴に出会ったときに、馬が付いてたから、やりたいと思った。
馬頭琴奏者になってから、再びスーホの白い馬の物語と向き合わなければいけなくなった。

なんで私はこの話が苦手なのか。

そもそもなんで馬が好きなのか。

どうして胸が痛いのだろう。

そんな想いがつのったときに、ある夢を見ました。

その馬は真っ白でたてがみとシッポは真っ黒。

その馬と共に生きている私は大きくなって、少し馬が年老いたときに、何時ものように林の中を馬に乗って走っていた。

倒木があったので、馬に飛び越えさせようとした。

少し歳とった馬は倒木につまずいた。

私は馬の背からポーンと投げ飛ばされたけど、馬があらぬ方向に倒れて、私は馬の上に落ちたので、かすり傷一つつかなかった。

でも馬は足を折った。

それから3日間、私は馬が亡くなるまで、一緒にそこにいた。

目が覚めた時、私は泣いていました。

ああそうか。だから私は馬が大好きなのに、同時に心が痛かったんだ。

だから、白馬を失ったスーホの気持ちがわかりすぎて辛かったんだ。

と思いました。

夢でしたが、なんだか胸のつかえが取れたようで、どこかさっぱりしていました。

今まで自分にとって、節目だったり、仕事をいただけた時に、馬の存在を感じることがよくありました。

なぜだろうと不思議でしたが、

私はそのお馬さんが馬頭琴と出会わせてくれたんだろうと思いました。

居なくなってしまった存在が、音楽になって戻ってきたという、私には、その物語は同時に自分の物語でもあるのです。

だから私にとってスーホの白い馬のお話は本当です。

あの男の子の疑問、それはスーホの白い馬のお話を勉強して、馬頭琴を実際にまじかで見て、音を聞いて、モンゴルの人の馬との暮らしを聞いて、本当の話だと思った。

でもあの話が本当なら、馬頭琴は馬からできてるはずなのに、シッポしか使ってないなら、あの話は本当じゃないの?
そんな真剣な問いでした。

でも本当に聞きたかったのは、たぶんスーホと白馬は本当にいて、白馬の心が馬頭琴になり、馬頭琴を弾くスーホが白馬の心を歌う。

お互いを思いやる心が作った楽器かどうかということ。

それなら、本当にそうなんです。

少なくとも私はそう思っています。
スーホの白い馬

物語には背景があります。

その物語が生まれる必然性。

だから、この物語がうまれ、語り継がれているということは、生まれた背景と育んだ背景がある。

それだけで、物語は生きているといえるし、本当か嘘かではなく、ある。

というふうに捉えていいのだと思います。

でもね、やっぱりいろいろ話しするよりも、音楽で語りたい性分なんです。

質疑応答もとても楽しいけど、曲を弾いてる時に、身体全体で聞いてくれる子供達の前で演奏するのは楽しいのです。

それだけでいい気がします。

べつにこの夢の話こそ、本当かどうかはどうでもいいのです。

これが私が持っている物語です。

そしてその物語を持つ私が弾く馬頭琴なのです。

ただそれだけのことなのでした。

 そらとんでる- 2016/02/02 -

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あー空飛んでる。

え?あ、そうだね。これは鷹の踊りだから、空飛んでるみたいだよね。

写真でよくわかったなー。流石小学校二年生の子供達。

今日は神奈川県の小学校へ。二年生60人。

前半は演奏と楽器の話中心。

後半はモンゴルのスライドショーと共に質疑応答もまぜながら。

モンゴル民謡や、モンゴルの馬頭琴楽曲を中心に演奏しますが、オリジナル曲も演奏しました。

えー自分で作ったの?すごーい!

という感想がまずくるのが面白いです。

そして今日の子供達、私のオリジナル曲、「風と空のうた」のサビの部分を一緒にハミングして歌ってくれる子がちらほら。

え、なんで知ってるのかしら?

風になって空を舞ってたら小鳥が遊びにきたみたいで演奏していて嬉しくなりました。

本当はシンプルな民謡の他にも、ピアノやリズムが入ると、またどんな風に聞こえるかというのも聞いてほしかったな〜とか、思いながら。

ある男の子が、終わり頃に、スーホのお話と馬頭琴とどっちが先に出来たんですか?

という質問をしてきた。

更にまた言い方を変えて質問をしてきて、

要するに、スーホの白い馬のお話を勉強して、今日実際に馬頭琴を聞いて、本当に知りたかったんだと思う。

馬頭琴は馬のシッポの毛しか使ってないのに、じゃあなんでスーホの白い馬の物語は出来たの?
馬頭琴を実際に聞いて、馬のリズムや、切ない音色、モンゴルの人が馬と密接な暮らしをしている話も聞いて、余計に子供の心の中で、
スーホの白い馬のお話が本当に本当の事だと思えたのだと思います。
だから余計に、じゃあスーホの白い馬のお話が先なのか?
馬頭琴が先にできたのか?
あの男の子の目は、スーホの白い馬のお話は本当で、だから馬頭琴ができたのだと、そう聞きたがっているみたいでした。

終わる間際だったこともあり、

あまりにも男の子の目が真っ直ぐで、私はちょっと問い詰められたような気もしましたし、すぐには答えられない。

でも、時間もない。で、

馬頭琴はすごく古い歴史があって、最初に楽器がどう作られたか私にもわかりません。

スーホの白い馬という民話も昔話として、代々おばあちゃんおじいちゃんから孫へと語り継がれたお話です。

どうして生まれたのか、想像してみてください。

はじめに話したように、モンゴルの人にとって馬というのは特別な存在です。

とかいうのが精いっぱい。

あー。

八王子車人形さんとのスーホの白い馬の舞台を見せてあげたいなー。

それを見て、答えがあるかはわからないけど、その子が何を感じてくれるのだろう。
最後にバイバイをする時に、その子は最後まで私に何か言いたげな目線を送っていました。
ちょっと宿題をいただいたかな。

作画 中島菫

  

 さとみの日- 2016/01/31 -

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お雛飾りを今展示してるのよ〜

と電話越しで言われて、行きます!

と言った私。

お雛飾り、子供の頃お雛様飾、毎年大騒ぎして飾っていた頃から大人になってとんとご縁がなくなって以来、なぜだか急に見たくなった。

電話の声の主は墨絵画家の山鹿先生。

南房総市にギャラリーと住居がある。

何度かライブさせていただいて、すっかり山鹿先生が好きになり、こうしてライブでなくても度々おじゃましている。

近くで他のライブがあった折には、前日泊まらせてください。と厚かましいお願いの上に、そこでもライブをさせていただくなど、本当にお世話になっています。

その上なぜか、お茶をして話に花が咲いていると、この生地見て!

すごい素敵な生地をいただいたので、バラの花が描きたくなったから、墨絵で描いたのよ。

生地用のインクだから、洗っても落ちないから、衣装にしなさい。

と、そして今回はお雛飾りに友達ときゃーきゃーいいながら見ていて、三人の方が古い着物のパッチワークで作ったいろんなお雛飾り。

着物ってすごいねという話に花が咲いていると、

山鹿先生が消える。

そして再び現れると、この着物は本当にいいでしょ。

これあててごらんなさい。

衣装にぴったりね。

あげるから衣装に仕立ててもらいなさい。

と次から次へと出てくる。

でもその着物がいちいち素敵で、ちょっと見たことない感じの、ペルシャの模様のようなものだったりして、確かに素敵な衣装になりそうなものです。

包みいっぱいになって、山をおりるときには、漆塗りの木箱に宝物入れて持ち帰るような心持ち。

なんでこんなにいただいてるんだらう。。

あ、先生私、今日誕生日でした。

というと、あら、素敵。

と言ってまたかわいい包みを持ってきて、中を見てみて。かわいいフクロウがいるでしょ。

と、小さなぷっくりまん丸のフクロウをかわいい小包ごとくれました。

ご主人のおさむさんは、宮大工級の腕前をもつ大工さん。

で、海釣が大好きで、この前はムツが釣れなくて鯵を二百匹釣った。とサラッと言う。。

それから山鹿先生が二年越しで書いた三百枚になる戦国時代の挿絵。

新聞の連載小説の挿絵で、織田、豊臣、徳川の戦乱の世が舞台で、この土地の里見の一族がこの戦乱の世でどのように生きたのかという話だ。

3月13日

さとみの日

3.10.3

この日に挿絵の中から100枚を選んで展示し、小説の作者が公演をするときに、美炎さん演奏お願いしたい。ということで、去年から妙に戦国時代が気になりはじめていたので、不思議な縁だなと思いました。

今年は6月に千葉千年伝説という、やはり千葉氏の千年の歴史をテーマにしたイベントで、妙見の北斗七星をテーマにした曲を作って弾いてほしいという依頼があったので、なんだかそれとも繋がるなと思っています。

お雛飾りの中に白馬発見。

チャグチャグ馬子のような、白馬にこの色の組み合わせ。素敵だな〜

  
冷たい雨の日でしたが、雨が止んで外に出ると

   
 
きれい。。

そして足繁くバラの花が咲くと持ってきてくれる近所の方のバラが、やっぱり飾ってありました。
  
帰る頃、山鹿先生の93になる叔母さんがやってきて、馬頭琴、あの響きは本当に神秘的ね。

いろいろ教えてくださいね。

93になるけど、何にもわからないのよ。

いろんなこと沢山やりたいんだけど、もう手が動かないの。

もうね、こうして、息吐いて、吸ってることが生きてることなのね。

だから生きてるのよ。

毎日、死んでまた朝になると生き返るの。

寝てる時には魂が抜けてあちらの世界に行ってるのよ。

この山の土地からエネルギーをいただいて、それから太陽からもいただいて、それで生きてるの。

それだけなのよ。

山鹿先生がやってきて、すごいでしょ。生きるパワースポットなのよ。おばさん。ふふっと笑う。

三月また来れるのが嬉しい。

私はこうやって私の馬頭琴の音色を好きだと言ってくれてる人に支えられて、そして私が馬頭琴を弾くことで生きている。

 お籠- 2016/01/29 -

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お籠。

漆塗りだったんですね〜

改めてすごいなー。

昨日演奏依頼をいただいたお寺に打ち合わせで行きました。

その土地の名前が門前というように、このお寺の門はとても立派。

前年に改修工事をしたときには同じ仕事ができる宮大工を頼むのに青森や群馬やほうぼうに声をかけて集めないとならなかったそうです。

でもこれでまた100年はしっかりもつのだから、現在の門でもおよそ200年前の時代に建てられたものだそうですが、お寺自体は1300年代足利基氏将軍の建立だそうです。

由来とか、そんなのを聞いてるとキリなく聞いていたいです。

机の上のお勉強は苦手でしたが、こういう所で聞ける話はいくらでも知りたい知りたがりや。

打ち合わせしている間なんどか、あれは何だろう?と向こうの天井に見えていた黒い底の部分。

帰り際に見ましたら、お籠でしたの。

で、ぼろぼろで、いつの時代からあるのか全く分からなく、きれいに直して漆も塗り直したそうです。

「お坊さまが乗ったのか、お姫様が乗ったのか、誰が乗ったんでしょうかね?」

ということです。

  

以前にご一緒しました元アナウンサーの山川建夫さんの朗読とのコラボを一部で。

青い馬の少年。

私二度ほど音楽を挟みつつやりましたが、この絵本、少年とおじいちゃんのテンポ良い会話で成り立っているお話し。

少年とおじいちゃんを代わる代わるやっていた私。

これ、おじいちゃんを山川さんのうっとりする低いお声でやったら面白いだろうなー。

ということで、私も少年をやらせていただきます。

スーホといい、青い馬の少年といい、割と少年に向いてる気がします。私は。

歌っていても、少年が歌ってるみたいとよく言われておりました。

色気がないということかなー。

お寺の方々といろいろ打ち合わせしていると、本堂のどこをステージにするかというので、ご本尊にお尻を向けては、ということで、でもステージの見栄えも考慮しまして、ご本尊の真ん前に金屏風をたて、その下にお雛様が座るような華やかな縁の畳のようなものを敷きましょうか。

と、9月のお彼岸の日なので、そういう華やかなのでもいいそうです。

ご先祖様も沢山見にこられるかもしれませんね。

ということでした。

金屏風に馬頭琴。なかなか見られない図が展開しそうで楽しみです。

冗談で、美炎さんお籠に乗って登場しますか?

と言われて、ちょっと乗ってみたいと思ったりして。

どんな乗り心地なのか興味が湧きます。

馬に乗り慣れてて、ラクダに乗った時のあの驚き。

お籠とは、意外に揺れるものではないだろうかと想像。

幼稚園もやっておられるお寺さんなので、当日は子供たちも来てくれたらいいなぁ。

先代が、良寛さんのようにお寺のお庭で子供達とまりつきをしたいと思って作られたそうです。

でも今はまりつきというような優雅なものではなく、サッカーが流行りで、一緒にやるどころじゃないそうです。

私のいとこが、自分の子が通う小学校で、ドッチボールに参加して、やばい!しぬ!と思ったそうです。笑

話をしていると、御住職、エレキベースを若い頃からしており、バンドメンバーとよくライブハウスでライブするそうです。

でもお寺でこのようなイベントは初だということで、なのになぜ音響機材があるのか?

お説教に使うだけにしては、、?と思っていたらそういうことでした。笑

一曲何かコラボしたいなと思っています。

まだ先ですが、とても楽しみです。

山川さん今日は自宅まで来てくださり、広島のレモンを持って来てくれたので、台所が爽やかな香りでいっぱいです。

  

 たいふうのめ。なぜこれが出来上がったか物語。- 2016/01/27 -

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巻き込み上手

という異名を与えられつつある私ですが、振り返ると、計画通りに進んでいるわけではなく、故意では無かったといいたい( ̄▽ ̄)

なぜならそもそも計画してなくて、点と点が気づいたら繋がっていたというようなことでした。

結果気づいたら巻き込まれていたのは、巧妙だからではなく、私も一緒なんです。。

自分に巻き込まれていたというより、物語にかなあ。

馬頭琴✖️人形浄瑠璃✖️映像

スーホの白い馬

は、幾つもの偶然からできた産物で、つまり必然だった。

まず、君津市民文化ホールから声をかけかけていただいてた。

好きなことやっていいよ。

まるで天からのお言葉。

なにやろっかな〜

という時にちょっと前に初めて出会っていたのが八王子車人形五代目西川古柳さん。

この人面白いなー。人形と一心同体。

初めて古柳さんの稽古場に行った時に、上がって上がって〜お茶淹れるから〜

って、家元って、かしこまった方を想像していただけに、あれ?みたいな。笑

古柳さんの芝居に音をのせたい。

なんかやりたい。

でもご一緒するだに、すごい人だな。と思うので、そう簡単に声もかけられず、周りをウロウロしていたら、

「美炎さん、その顔はなんか企んでるでしょ!」と言われたので、思わず、はい。

それと同時に、声かけていいんだ!としっかりインプットされた。。(しまった。俺がついうっかりそんなことを言ったからなのか。。←古柳さんの心の声)

なんの物語がいいかな。

スーホの白い馬

いつも朗読に即興で音楽をつけていました。

お芝居には大抵セリフがある。朗読はもちろん言葉が大事です。

音楽はもちろん添えるもの。

しかし馬頭琴という楽器はなかなかに主張する楽器。抑えるのが難しい。

もちろん抑えることはできますが、良さは半減してしまうのが悩みどころ。

弦をはじく楽器だと、さざなみのようにつま弾いて、言葉の後ろの伴奏になれる。

馬頭琴を弾くとき、心は歌っている。だから、この歌で物語を綴れないか。

スーホの白い馬なら、馬頭琴も馬頭琴らしさを、思い切り出せる。

なんせ馬頭琴伝説ですからね^ ^

そして古柳さんはセリフ無しでお芝居する。

伝統芸能では、義太夫さんが三味線と唄で物語を語る訳です。

それを馬頭琴で、ほぼ語り無しでやってみよう。

ほぼ語り無しでやることはできると思っていました。それは古柳さんの芝居が素晴らしいからです。

人形さんが生きているから。

それとスーホの白い馬の朗読に即興で音楽をつける経験から、場面場面での音楽のあり方はもうわかっていて、語りがなくても、その場面を音であらわせるような気がしていました。

芝居には音楽だけとは違って、いろいろな設備が必要です。

市民文化ホールが協力してくれるとあれば、せっかくの機会。

ここで実現しなければなんとする。

本番は来年5月という時に、半年前の11月、私はやっとこ古柳さんにお願いする事を決めて、スーホの白い馬をやろうと思ったのでした。

そっからは無いない尽くし。

いろいろ無いのはわかってる。

音楽作るのは自分だからいいのですが、古柳さんに頼んでも、予算の都合上それ以上の出演者を頼めようはずもない。
削って削れないもの、それはスーホと白馬。

ならば必然的に古柳さんはスーホ。

白馬をどうするか。。。

考え巡らす日々。

アニメーションのように白馬が映像であって、そこにスーホが絡んで芝居したらいいなあ。

と想像。というより、妄想。

だけど、そんなことできる知り合いは一人もいない。。し、全く知らない世界。

こういう時、悩むというのでしょうが、こういう時の悩みって全然深刻じゃなくて、どこか、なんとかなる。

っていうのがあります。
だってもう5月には絶対に素晴らしい作品が出来上がっているとわかっているのですから。

なぜそう思うのかわかりませんが、他に選択肢がないからだと思います。

ということは、いまはその出来上がったものから逆算してる。

素晴らしい作品が出来上がっているのは良くわかっているのだけど、古柳さんがスーホやる。私が音楽やる。しか決まってない状況で、岡山へ。

津軽三味線の宇摩ちゃんとのライブです。

瀬戸内の牛窓にある、てれやカフェという古民家が会場。

そう、このブログで紹介した、後日、無理な場所ツアーの筆頭になる会場でした。笑

この、てれやカフェ、ちなみに私の父が足繁く通っていたカフェで、オーナーには大変お世話になっておりました。

定期的にギャラリーもしていて、その日は米本久美子さんという方の絵を展示していました。

てれやカフェに入ってすぐ、その絵に目を奪われるわたし。

だってアラスカが舞台になった絵だったのです。

アラスカ大好きなのです。

どうしても行きたくて学生の時ユーコン河を三ヶ月かけてゴムボートで下った。。

アラスカの雄大な景色でありながら、なんてあたたかくてファンタジックで、物語が見えてくるような絵なんだろう。と。

若い女性が描いたような気がしていました。

ライブの後、その絵描きの米本久美子さんが、絵の片付けをしていました。

ライブに来てくださっていたのです。

お話すると、すごくかわいいおばあさん。

「わたしスーホの白い馬のお話大好きなんですよ!」

という話からはじまり、私はアラスカ大好きなんです!という話から、米本久美子さんが、来年に東京で個展をやろうと思っていて、娘が川崎にいるから、娘に会場を探してもらっているの。美炎さんぜひ、そのオープニングパーティーで、馬頭琴演奏してもらえないかしら?

いいですよ!

ということで、会場決めに一月に東京へ来るというので、その時の再会を約束して別れました。

後で知ったのは、久美子さんの、てれやカフェでの展示は私のライブの前日までの予定で、ほんとうはその日はもう別の方の作品が並ぶ予定がその方の都合で1日伸び、私が久美子さんの作品に出会える事になったのでした。
そして私はというと、私スーホの白い馬のお話大好きなんですよ!

といった久美子さんの言葉をインプットしてました。笑

一月に東京で再会した時、娘さんの中島菫さんにお会いしました。

一緒に話していると同じ馬好き。

私が手帳を取り出すと、菫さんが、私と同じだ!と。お互いの手帳が同じイタリア製のユニコーンの柄だったのです。

話は久美子さんの個展の会場決めが主でしたが、最初に下見した会場は条件が合わずに次の候補に移ることにしましたが、中でスライドショーをしていて、絵が投影されてました。

そして久美子さんが持ってきていたご自分の作品のコピーファイルの中にあった白馬の絵。

久美子さんが白馬描いてくれてスクリーンに投影できたらすごくいいだろうなー!と言ってみた。

菫さんが、私は映像制作したことないけど、ゲームのキャラクターデザインをしていてコンピューターで3Dの画像を作っている。というのでした。

私の胸高鳴る。

そして、新しいことしたいと思っていたから、映像制作勉強してチャレンジしてみたい。

心臓飛び出そう。

もうここで言ってしまえ。

白馬の絵絵を描いていただけないでしょうか?

そしてそれを映像にしてくれませんか?

全く、今考えれば、久美子さんの個展の会場決めに集まった席で。。

掴んだら離さない美炎さん。

とも言われましたが、こういう時の状態を言うのでしょうか。。

探していたパズルのピースはこれだったのか!!

と一人勝手に宝物を探し当てた状態。笑

多分お願いしながら、相手をもう掴んでいるんでしょうか。。

一体どのくらいの絵を描けばいいのか。

どんなシーンのものが必要か。

と聞かれて、咄嗟に、そんな全部でなくても、必要最低限の場面を描いていただければ。。

さて、お二人とお別れした帰りの電車。この興奮状態では逆に脚本を一気に書けるかもしれない。

というか書かずにはおられない。

スマホのメモ書きに、頭のところから、何の映像が入って、どんな音楽が流れ、古柳さんがどう登場して何するのか。

すべてのシーンを新宿から千葉へ行く電車の中で脚本を書き、そのまま菫さんと久美子さんと古柳さんと、私の伴奏をしてくれる竹井さんに脚本を添付してメール。

後は私はこの脚本にそって物語のテーマ曲をかいて、他のところの音楽を作っていけばいい。

これも後からしったことですが、菫さん、連日徹夜に近い状態でパソコンでの映像制作を勉強し、私の書いた脚本どおりではものすごい量の絵が必要だとお母さんをたきつけて、いついつまでにこのシーンを何枚。

送るように随時親子で必死に書き上げてくださっていたのでした。

たまたま菫さんの仕事がその時だけ余裕があったことも幸いでした。

そのお二人の血もにじむような作業の結果出来上がったDVDを古柳さんの稽古場で見たとき、

私と古柳さん。

ためいき。。

もう、映像だけでいいね。

そうですね。

なんて幸せなんだろうと思いました。この幻想的な世界に古柳さんがあの芝居をして、私が音楽を思いっきり奏でられるとは!

そう、お二人が必死にすごい量の映像を作っている時、私はあとは、自分の番。

テーマ曲を作るだけだ。

テーマ曲を作ればあとは芋づる式に他のところの音楽もできると思っていたので。

これが私の場合、机に向かって徹夜で作業というわけにいきません。

なるべく普通に心を遊ばせといて普通にしてるしかない。。

で、よく聞かれるのですが、ほとんどの私のオリジナル曲は車を運転してる時、お風呂に入った時、ベットに入った時に浮かびます。

3分の曲なら、ほぼ3分で作り終わります。

ほとんど手を加えないし、あ、なんか曲が出てきそう。

となったら、生理的に我慢できない状況。

最初のフレーズとともに一気に鼻歌を歌っておしまい。

制作期間は3分とも言えますし、こんな感じの曲作ろうと思ってから、出てくるまで数カ月のときもあれば、数日のときもある。

スーホの白い馬のテーマ曲、天との約束は、そんな訳で車の中でできました。

それを竹井さんに送るわけですが、竹井さんは私の鼻歌をききながら、あ、今美炎さん、右折した。あ、車庫入れしてるな。と全部わかる仕組みです。笑

それから古柳さんのところに二回通い。

そう。二回しか通ってない気がする。

古柳さんも?私も練習きらい?

え、うそ。。

とにかく!古柳さんが私の書いた脚本を手直ししながら、いろいろ案を出してくださって、いいようにしてくださるのはわかっているのでお任せ。

私は古柳さんの芝居を見ながら、あここはこんな音楽かな。と

古柳さんの稽古場からの帰り道に残りの音楽を鼻歌って。笑

あと3分の一くらいは即興です。

普通映像とのコラボレーションは、秒数をはかり、映像に音楽をあてはめて制作する。

でも、古柳さんの自由な芝居ができなくなるし、音楽も自由にできない。

というわけで、DVD操作を公演するたびに誰かが担って芝居と音楽と照明とタイミング合わせながらワンシーンずつやる必要がある。

たしかにこれも大変。

でもこの組み合わせから生まれた作品の良さの一つは案外この辺りの自由さにあるかもしれません。

それともう一つ。

白馬ちゃん。

そういえば、ワンシーンにしか登場しないのですが、それも古柳さんの芝居を見に行った時に、龍に乗ってた人形が横向きに空飛んでたのが、正面を向いた時がありました。

わ!かっこいい!あれやってください!←勝手。

古柳さんのお知り合いの方で北海道にいる、とても可愛らしい小さい子のいるママさんが白馬を作ってくれました。

しかも分解できるやつ。

そんな訳でたくさんの制作が込められている作品。

子供達が喜んでくれるのが何よりうれしいのですが、今のところほぼほぼ観客は大人の方ですね。

もちろんどなたにも喜んでいただけるのなら嬉しいのですが、この作品の面白いところは、八王子車人形という日本の伝統芸能と、馬頭琴という民族楽器。そして映像という現代のものが、違和感なく同居して、面白いことしてるところ。

その違和感のなさと、違うものが組み合わさる面白さを子供に感じてもらえたらなーと思います。

スーホの白い馬の作品だけではなく、一部、二部では馬頭琴の紹介、八王子車人形の伝統芸の紹介もたっぷりありますので、見どころはたくさん。

ないない尽くしの会場でも古柳さんはなんとかしてしまう人なので、子供達見てもらう機会をなんとか増やせないだろうかと思います。

君津の初演に続き、岡山、札幌、九州とここまで延べ9公演様々な場所で沢山の方に喜んでいただきました。

ここの子供達に見せたい!というご一報をお待ちしています。

そして君津市民文化ホールでの初演のダイジェスト動画1分強がこのホームページお知らせに昨晩新たにアップしました。

下記タップしてご覧ください。

スーホの白い馬ダイジェスト動画
作画の米本久美子さんと、てれやカフェでの公演を終えて、もう世界中どんなところでもできる自信がついた! 

と言っておられた八王子車人形の西川古柳さんです。 

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